投資の世界では、いつの時代にも、信じられないくらいの勝率を誇る投資家や投資手法の話が出てきます。
こうした事例に対するアカデミックな回答は、「それはたまたまである」というものです。この「たまたま」は、恐らくすべての事例に、程度の差はあっても当てはまります。一方で、すべてを「たまたま」で片づけることも難しいでしょう。
2014年、新たな「常勝伝説」が人々に知られるようになりました。米国のHFT(高頻度取引)業者バーチュ・ファイナンシャルのアルゴリズムです。1,237日無敗という驚異の成績はどのように実現したのでしょうか?(田渕直也)
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プロフィール:田渕直也(たぶちなおや)
一橋大学経済学部卒。日本長期信用銀行(現新生銀行)入行。デリバティブの商品開発、ディーリング業務に従事。以後、国内大手運用会社ファンドマネージャー、不動産ファンド運営会社社長、生命保険会社執行役員を経て、現在、株式会社ミリタス・フィナンシャル・コンサルティング代表取締役。『図解でわかるランダムウォーク&行動ファイナンス理論のすべて』『確率論的思考』『入門実践金融デリバティブのすべて』(いずれも日本実業出版社)『投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について』(ダイヤモンド社)『不確実性超入門』(ディスカバー21)など著書多数。
「1,237日間無敗」のアルゴリズムに隠されたトレードのヒント
新たな無敗神話の裏側
2014年、新たな常勝伝説が人々に知られるようになりました。
上場を目前に控えていた米国のHFT(高頻度取引)業者バーチュ・ファイナンシャルという会社が、過去1,238日のうち損失を計上したのがたった1日であると発表したのです。
しかも、そのたった1日は人為的なミスによるものであり、そうだとすると彼らのアルゴリズムは1,237日無敗ということになります。
これには、さすがに「バーチュは何かいかさまをしているのではないか」という疑念の声が生まれました。
当時、マイケル・ルイスの『フラッシュボーイズ』という本が出版され、HFT業者が不当な利益を得ているのではと疑いの目を向けられていたこともあり、バーチュは上場延期に追い込まれることになります。それほどに、この成績は驚くべきものだったのです(バーチュは2015年に無事上場を果たしました)。
『フラッシュボーイズ』では、投資家が大口注文を発するや否や、HFT業者が高速回線と高速コンピューターを使ってその情報を察知し、先回り(フロントランニング)して利益をかすめ取るさまが描かれています。そして、それは米国の取引所制度改革が引き起こした負の側面を炙り出しました。
もっとも、フロントランニングは昔からある市場の問題点です。要するに、仲介業者が顧客の注文を受けて、それを執行するよりも先に自分でポジションをとってしまう行為ですね。
『フラッシュボーイズ』では、これに取引所やHFT業者が絡んだ複雑な構図となっているわけですが、この問題はこのメルマガの趣旨とは関係がないので、このくらいにしておきましょう。
ここで取り上げたいのは、バーチュの圧倒的勝率がどこからもたらされるのかということです。私自身はバーチュの詳しいビジネスモデルや手法、先回りをやっているかどうかなどを詳しく知らないので、ちょっと一般的な話になってしまいますが、HFT業者がどんなことをやっているか、簡単に見てみましょう。
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HFT(高頻度取引)業者は、いかにしてマーケットを出し抜くのか?
もちろん、HFT業者にもいろんなタイプがあるのですが、典型的なHFT業者は、要するにマーケットメイクをしているのです。
マーケットメイクとは、ビッドとオファーを提示することです。ビッドは、ある証券をこの値段なら買ってもいいよと提示する価格のことで、オファーはその逆で売り提示価格です。
たとえば、アップル株が114.375–114.50というような値段で取引されているとしましょう。114.375がビッドで、114.50がオファーです。もちろん、これらには普通の投資家の指値注文も含まれていますが、ここでは、どちらも同じHFT業者が提示しているものだとしましょう。
この状態で他の投資家が確実にアップル株を買おうと思えば114.50ドルで買え、確実に売ろうと思えば114.375ドルで売れることになります。そして、その差額0.125ドルはHFT業者の利益となります。
この0.125ドル、ビッド・オファー・スプレッドと呼ばれるものですが、これは相場変動を予測して利益を上げるものとは性質が違い、仲介手数料と、一時的にポジションをとることのリスク負担料を合わせたものといえます。
当然ですが、このようなマーケットメイクにもリスクはあります。
アップル株を114.375ドルで買った後、それがもっと高い値段で売られるより前に相場が急変し、大きく値下がりしてしまうというリスクです。
HFT業者は、このリスクを可能な限り小さくするために、先物市場や他の銘柄の値動き、他の国の市場動向、各種のニュース速報、取引所における注文動向など、様々な情報をリアルタイムで集め、コンピューターで瞬時に判断しながら、オーダーの水準をきめ細かく変えていくわけです。
とくに相場の急変動が起こりそうなときには、ビッドやオファーをすべて取り消して、余計なリスクをとらないようにすることもあります。
こうしたリスク回避をいかに正確かつ迅速にできるかどうかが、マーケットメイク型HFTの成否を決める要因となります。
バーチュも、このマーケットメイク型HFT業者に分類されています。
もちろん、1,237日負けなしというのはいずれにしてもすごいですが、これは相場の読みを当て続けたというのとは全く性格が異なるのです――
バーチュCEOが語る相場の真実
常勝トレーダーのその後はどうなったのか(ラリー・ウィリアムズの場合)
※本記事の全文(常勝伝説のウソと誠/田渕直也のトレードの科学 Vol.034)もぜひご覧下さい。また田渕直也さんのその他の記事は、無料・有料作品を記事単位で読めるサービス『mine(マイン)』で連載されています。興味のある方はぜひこの機会に講読をお願いいたします。
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『田渕直也のトレードの科学 Vol.034』より一部抜粋