最近、米国株のブログが多く立ち上がっており、その中で「高配当貴族インデックス投資」を推奨する意見をとても多く見かけるようになりました。
前々から述べているように、私自身は懐疑的な見方をしています。「必ずしも正しい戦略とは言えない」という表現が、今の時点ではより適切だろうと思っています。
証券会社もS&P500のインデックス投資を改善した高配当戦略を採用するETFを次々と発売しています。こういう状況が生まれていること自体、ちょっと怪しいと疑うべきです。
本稿では高配当貴族ETFの中でも比較的、歴史があって評判の良い『バンガード・米国高配当株式ETF(VYM)』の成績を使って、解説していきます。他の高配当貴族ETFでも自分で運用する場合も、ほぼ同じ傾向になります。(『ウォーレン・バフェットに学ぶ!1分でわかる株式投資~雪ダルマ式に資産が増える52の教え~』東条雅彦)
本当は誰が儲かる? S&P500よりリターンが低い高配当戦略の現実
高配当戦略とは
S&P500に投資するインデックス投資を改良して、より高いパフォーマンスを生み出す方法の1つとして、「高配当戦略」という投資手法があります。
インデックス投資の研究で著名なシーゲル博士は著書『株式投資の未来』の中で、次のような結果を出しています。
<高配当戦略 1957年~2003年>
この表を見て、「よし、高配当戦略を採用するぞ!」と考える人が多いようです。証券会社も「S&P500のパフォーマンスを凌駕する可能性が高い」という触れ込みで、多くのETFを作成して販売しています。
本当に高配当戦略は有効なのでしょうか?また、シーゲル博士の作成した表のようにうまくいくのでしょうか?本稿では、この疑問に答えていきます。
米国高配当株式ETF VS S&P500
一見、シーゲル博士の作成した表を見ると、高配当戦略を採用した方がS&P500に投資するよりも年率リターンが3~4%程度、向上するように見えます。ただ、この点については後述しますが、「数字のマジック」が含まれており、実際にはそこまで期待通りにはいきません。
高配当戦略を採用したETFはとても多くあるのですが、ここではその代表として『バンガード・米国高配当株式ETF(VYM)』を取り上げます。Yahoo!Finance(英語版)で「VYM」と検索すると、次のチャートが表示されます。
表示範囲をMAXに設定すると、このETFができた2006年11月からの2017年5月現在までのチャートを閲覧できます。
<VYM 2006年11月~2017年5月>
(※)実際のYahoo!Financeの画面で確認したい方は[コチラ]をクリックしてください。
値動きを見ると、2008年のリーマンショックの時に大きく下がっています。高配当銘柄は他の銘柄よりもインカムゲインが多いため、リーマンショックのような下落相場で強いと一般的には言われてます。
そこで、VYMとS&P500の値動きを比較してみます。
S&P500(配当込み)に連動するETFであるSPYを使います。
上記の画面の「+Compare」をクリックして、「SPY」を追加すると、「VYM」を比較したチャートが表示されます。
(補足事項)
・VYMの設定開始日は、2006年11月10日です。
・VYMは、高配当族ETFとしては比較的長い歴史を持ちます。
・当初はバフェット推奨のVOOと比較する予定でしたが、比較する期間が合わなかったので代わりにSPYを使っています(VOOの設定開始日は2010年9月7日でVYMよりも新しいため)。
<VYM VS SPY 2006年11月~2017年5月>
(説明)
水色=VYM(バンガード・米国高配当株式ETF)
緑色=SPY(S&P500に連動するように設計されたETF)
2006年11月から2017年5月までの範囲では、SPYが+68.39%、VYMが+52.84%のリターンになっています。ノーマルのSPY(S&P500)の方がVYMよりも+15.71%も高いリターンを示しています。
さらに注目すべきは2008年のリーマンショックの値動きです。両者はほとんど同じ値動きになっていますが、チャートをよく見比べると、ややSPY(S&P500)の方が値下がり幅が低くなっています。
上記のチャートでは単純にそれぞれの株価の値動きで比較しています。つまり、キャピタルゲインでの比較を行っています。
VYMの方が、SPYよりも、インカムゲイン(配当利回り)は0.2~0.3%ほど高いのですが、キャピタルゲインで15.71%(68.39%-52.84%)も差が開いてしまっています。
ここまで差が開いていると、いくらインカムゲインが高くても挽回できません。下落相場にもそれほど強くなく、トータルリターンでもS&P500に大きく負ける高配当戦略を採用する価値があるかどうかは、かなり疑わしいという状況なのです。
しかも、高配当戦略を採用したETFはできてから10年程度の歴史しかなく、20年、30年と長期間での検証が不可能です。しっかりとしたエビデンスが得られない以上、より慎重になった方が良いと思います。
Next: なぜ米国高配当株式ETFはバークシャーにボロ負けするのか?
米国高配当株式ETFはバークシャーにボロ負けしている
本メルマガでは度々、「S&P500に投資するぐらいだったら、バークシャーに投資する方が圧倒的に有利だ」と主張してきました。そのことはバークシャーの対戦相手がS&P500から米国高配当株式ETF(VYM)に変わっても結論は同じです。
VYMとバークシャー・ハサウェイ(BRK)の成績を比べたのが次のチャートです。同じくYahoo!Financeで調べました。
<VYM VS S&P500 VS BRK 2006年11月~2017年5月>
(説明)
水色=VYM(バンガード・米国高配当株式ETF)
緑色=SPY(S&P500)
ピンク色=BRK-A(バークシャー・ハサウェイ)
バークシャー・ハサウェイは、約10年6ヵ月で+127.29%のリターンを叩き出しています。S&P500よりも米国高配当株式ETFよりも、遥かに高いリターンを示しています。
リーマンショックでもバークシャーの方が高配当戦略よりも少ないダメージでやり過ごしており、ディフェンス力も十分に兼ね備えています。
高配当戦略は「絵に描いた餅」か?
S&P500配当貴族指数は、S&P500構成銘柄のうち、過去25年間連続して毎年増配している優良大型株のパフォーマンスを測定します。多くのETFはこの指数に追従するように投資商品を設計しています。
S&P Dow Jones Indicesの公式サイトには、S&P500配当貴族指数について下記のように説明されています。
<S&P500配当貴族指数の説明書き>
赤線で引いた箇所に「実際のリターンはバックテストされたリターンとは異なり、これよりも少ないものとなる場合があります」と書かれています。
高配当戦略型のほぼ全てのETFがバークシャーに負けています。さらに多くの高配当戦略型ETFは、S&P500にすら負けている状況です。
「これよりも少ないものとなる場合があります」どころの騒ぎではありません。現状では「ほとんどの場合、この指数よりも少ないものとなります」と言い切った方がより的確な表現だと思います。
高配当戦略を実際に採用した場合、運用コストと銘柄入れ替えのコストがかかるため、指数と同じパフォーマンスは望めません。現実の世界でしっかりとした成果が得られないのなら、「絵に描いた餅」だと言えるでしょう。
高配当戦略とS&P500の違い
S&P500には、Alphabet(Google)やAmazonなどの配当金を出さない超・成長銘柄も含まれます。超・成長企業は配当金を出さずに、資金の大半を自社ビジネスへの投資に充てます。そのため、売上高と利益が右肩上がりに増えていき、株価も将来の成長を見込んで、大幅に上昇していく傾向があります。
インカムゲインは少ないかもしれませんが、キャピタルゲインが多くあるのです。
一方、高配当銘柄は歴史があって大型の企業が中心になります。そのような企業は配当金を安定的に株主に還元する一方で、成長力では新興企業が中心の超・成長銘柄には勝てません。
ものすごくざっくりとした言い方をすると、高配当戦略はキャピタルゲインを犠牲にしてインカムゲインを重視する戦略です。
投資家にとっては、キャピタルゲインもインカムゲインも同じ利益となります。
バフェットの好む消費者独占型企業はキャピタルゲインとインカムゲインの両方が充実していることが多く、過去50年間の統計ではうまく機能しています。
キャピタルゲインとインカムゲインの観点からこの3者をまとめると、次のようなイメージになります。
通常のS&P500:インカムゲインよりもキャピタルゲインを重視する
高配当戦略:キャピタルゲインよりもインカムゲインを重視する
バフェット流投資戦略:キャピタルゲインとインカムゲインの両方を重視する
Next: 高配当戦略は自分ではなく「政府」が儲かる投資戦略だった
バークシャーが有利なもう1つの利点
S&P500に投資する標準的なインデックス投資であっても、高配当銘柄に投資する改良型インデックス投資であっても、投資家が受け取る配当金には税金がかかります。個人で株式を保有していて、他に引き当てる損金がない場合、配当金には20%の税金がかかります。
バークシャー・ハサウェイは今のところ、配当金を出していません。そのため、政府からの20%源泉徴収を免れています。
先日のバークシャーの株主総会では今後、配当を出す可能性を示唆しているので、近い将来、方針が変わる可能性は大いにあります。
2006年から2016年までの過去10年間において、SPY、VYM、BRK-Aのキャピタルゲインとインカムゲインは次のように推移しています。
株価はいずれもその年の12月末時点の値となります。
<SPY、VYM、BRK-Aのキャピタルゲインとインカムゲイン>
(補足説明)
・SPY=S&P500(配当込み)に連動するように設計されたETF
・VYM=バンガード・米国高配当株式ETF
・BRK-A=バークシャー・ハサウェイ(A株)
・合計リターンはキャピタルゲインとインカムゲインの合計値である。
・インカムゲインは全額を再投資する前提で計算している。
投資のリターンはキャピタルゲインとインカムゲインに分解できます。キャピタルゲインだけに着目すると、次のような成績になっています。
<キャピタルゲインの成績比較(10年で資産が何倍に増えたか?)>
・SPY=1.58倍
・VYM=1.47倍
・BRK-A=2.22倍
S&P500に連動するSPYの方が、VYMよりもキャピタルゲインが多くなっています。
一方、インカムゲインに着目すると、VYMの方がSPYよりも受け取れる配当金が多くなっています。
個人保有で損金を作れない場合、配当金には政府によって20%の課税が課せられます。その課税の影響を受けて、SPYの実質的な配当利回りは2.1%から1.6%に下がり、VYMは3.1%から2.5%に下がります。それぞれ押し下げられた0.6%は、政府の取り分です。
<平均配当金利回りの比較(2007年~2016年の単純平均値)>
キャピタルゲインとインカムゲインを合計した過去10年間の累積リターンは、次のようになっています。
<2006年から2016年までの10年で資産が何倍に増えたのか?>
注目すべきは、VYMの直近10年間で増えた資産が税引前で1.99倍、税引き後で1.87倍になっており、その差が-11.6%と大きく広がっている点です。SPYは税引前と税引き後で-4.7%しかマイナスになっていないのに、VYMは-11.6%もリターンが下がってしまうのです。
これは当然のことで、高配当戦略を採用するVYMはキャピタルゲインよりもインカムゲインを重視しているので、その分、政府から多く課税されてしまい、リターンが大きく押し下げられるのです。
証券会社から出されている目論見書もシーゲル博士の著書で書かれている研究結果も、全て配当金にかかる課税を無視して計算しています。
確かに税金を考慮しなければ、高配当戦略は優位に立つかもしれません。しかし、私たちの多くは個人口座で、インカムゲインに対する課税をスキップする術を持っていません。
高配当戦略は下手をすると、自分が儲かるのではなく、いつの間にか政府が儲かる戦略にすり替わってしまう危険が高いのです。
Next: バフェットもあえてS&P500にハンデを与えた上で競争している/まとめ
バフェットもあえてS&P500にハンデを与えた上で競争している
ウォーレン・バフェットは毎年、自身の経営するバークシャー・ハサウェイとS&P500(配当込み)の成績を競っています。その結果を株主宛ての書簡(通称、「バフェットからの手紙」)の1ページ目に掲載しています。
<バフェットからの手紙(出典:バークシャー・ハサウェイ公式HP)>
S&P500(配当込み)のリターンは、「政府から配当金に対して課税されない」という条件で計算しています。しかし、米国政府にしろ日本政府にしろ、実際には配当金に対して課税します。
そのため、正直ベース(配当金に課税する前提)で計算すると、上記の結果よりもさらにバークシャー・ハサウェイはS&P500(配当込み)に圧勝していることになるのです。しかし、なぜかこの点について指摘する人はほとんどいません。
まとめ
本稿の内容をまとめると、次の6点に集約されます。
<1>
キャピタルゲインもインカムゲインも本質的に同じ利益なので、どちらも平等に大切にすべきである。
<2>
インカムゲイン(配当金)は支給される度に(基本は年4回)20%課税される。一方、キャピタルゲインは投資家の判断で株式を売った時にしか課税されない。そのため、キャピタルゲインについては、投資家の意志によって半永久的に課税をスキップできる。
<3>
高配当戦略は運用コストや銘柄入れ替えコストがかかって、実際にこの戦略を採用すると、S&P500よりもリターンが下がってしまうことが多い。
<4>
高配当戦略を採用したETFはまだ歴史が浅く、この戦略が完全に有利だというエビデンスは存在していない。
<5>
高配当戦略はキャピタルゲインよりもインカムゲインを重視するので、その分、政府からの課税が重くのしかかり、累積リターンが大きく押し下げられる(長期になればなるほど、税金のオーバーヘッドが大きくなっていく)。
<6>
証券会社からの目論見書、シーゲル博士の研究結果、バークシャーの株主宛ての書簡など、私たちが目にする大半の資料にはインカムゲインへの課税が考慮されていない(それを元に投資判断をすると、ミスリードにつながってしまう)。
インカムゲインをどんどん再投資して資産を雪ダルマ式に増やしていきたいと考えている人にとっては、高配当戦略は税金のオーバーヘッドが大きく、非効率だと言えます。
過去のデータをバックテストすると、配当を出さないバークシャーは一般的なインデックス投資よりも優位な立場に立っていることが確かです。
<2006年から2016年の10年で資産が何倍に増えたのか?>
『ウォーレン・バフェットに学ぶ!1分でわかる株式投資~雪ダルマ式に資産が増える52の教え~』(2017年5月21日号)より一部抜粋、再構成
※太字はMONEY VOICE編集部による
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