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無効ではないけれど…だからこそ「家族を困らせる」遺言書とは?=山田和美

想いを込めてつくった遺言書が、家族を困らせてしまうことはよくあります。今回は、法的には有効でも「万が一の想定が漏れている遺言書」を紹介します。(『こころをつなぐ、相続のハナシ』山田和美)

プロフィール:山田和美(やまだかずみ)
1986年愛知県稲沢市生まれ。行政書士、なごみ行政書士事務所所長。大学では心理学を学び、在学中に行政書士、ファイナンシャルプランナー、個人情報保護士等の資格を取得。名古屋市内のコンサルファームに入社し、相続手続の綜合コンサルに従事。その後事業承継コンサルタント・経営計画策定サポートの部署を経て、2014年愛知県一宮市にてなごみ行政書士事務所を開業。

こんな遺言書は困るんです…「もしも」の想定が抜けていた実例

有効なのに「残念すぎる」遺言書

遺言書をつくるとき、法的要件を満たすことはもちろん必要です。しかし、実はそれだけでは十分とは言えません。「無効」というわけではなくても、家族を困らせる遺言書はいくつも存在します。

今日はその中の1つ、「万が一の想定が漏れている遺言書」をご紹介します。具体的に見てきましょう。

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「長男に全部あげたい」太郎さんのケース

妻に先立たれた太郎さんには、2人の子どもがいます。長男の一郎さんと、二男の次郎さんです。

太郎さんは、次のように考えています。

「長男の一郎はよくできた息子で、家を継いでもらいたい。一方、二男の次郎は40歳を超えた今も定職につかず、顔を合わせるとお金の話ばかり。できるだけ次郎には財産を残さず、一郎にきちんと財産を残してやりたい

そして、遺言書を作成しようと考えました。

太郎さんの財産は、評価額約3,000万円の自宅土地建物と、預貯金が3,000万円程度です。この自宅には、一郎さんの妻と子(一夫さん)と、三世帯で同居しています。

太郎さんは、財産の全部を一郎に相続させるとの内容で遺書を作成するつもりでしたが、専門家に相談をしたところ、二男には遺留分として1,500万円相当の取り分があると教えられました。

遺留分を無視した遺言書も作成でき、遺留分は請求されない限り渡す必要はありません。とはいえ、お金に執着のある次郎のことですから、遺留分は必ず請求するはずです。

自分の亡き後、次郎が一郎に対して遺留分の請求を行い、一郎に面倒をかけるよりは…と考えました。不服ではありましたが、しぶしぶ、遺留分を次郎に残すという内容で遺言書を作成しました。

作成した遺言書の内容は、次の通りです。

公正証書で、文章もきちんと整えてもらい、「これで一安心」と思っていました。ところが…。

Next: この遺言書の何が「残念」なのか?数年後、思いもよらぬ出来事が



長男が不慮の事故で帰らぬ人に

しかし数年後。思いもよらぬ出来事が起こります。なんと、長男の一郎さんが、不慮の事故で帰らぬ人となってしまったのです。

まさか息子に先立たれるとは思っていなかった太郎さんは、すっかり意気消沈し、徐々に認知症の症状が出始めました。そして、それから数年後に、太郎さんは息を引き取ったのです。

実は、さらに大変なのはここからでした。

一郎さんの子である一夫さん(太郎の孫)が家の中を片付けていると、太郎さんの遺言書が出てきました。そこには、太郎さんがいかに一郎さんのことを誇りに思っていたか、いかにこの家を継いでもらうことが重要か…といった太郎さんの想いがしっかりと綴られていて、涙なしには読めません。

一夫さんは、遺言書には自分の名前は出てこないが、父の一郎がもらうはずだった財産は当然に自分が引き継ぐはずだと考えました。そして、太郎さんの四十九日も過ぎたころ、一夫さんが手続きに出向いたときのことです。

そこで、衝撃の事実を告げられました。

「この遺言書では、残念ながら、一夫さんに名義変更をすることはできません」。一瞬、事態が呑み込めませんでしたが、質問をしてわかったのは次のようなことでした。

つまり、せっかく太郎さんが「一郎さんのために」と残してくれた自宅土地建物も預貯金も、もう1人の相続人である次郎さんと話し合ってどちらがもらうかを決める必要があるのです。

次郎さんが、自宅や預金を一夫さんの名義にすることに、すんなり同意してくれるとは思えません。一夫さんは、困り果ててしまいました…。

Next: どうすれば良かったのか? 心配症だと笑われるぐらいの備えを



盛り込むべきだった「一文」

さて、このようなケースは実際に少なくありません。一夫さんは、次郎さんと合意ができるまで手続きを行うことができず、場合によっては争いに発展してしまいます。これは、遺言書を書いた太郎さんの本意ではないはずですよね。

では、どうすれば良かったのでしょうか。太郎さんが遺言書をつくる段階で、「もし、自分よりも先に一郎が死亡したら、一郎に相続させると書いた財産は、すべて一郎の子である一夫に相続させる」という一文を盛り込んでおけばよかったのです。

このような一文さえあれば、今回のような事態が起きても、一夫さんは、次郎さんの同意なく手続きができたはずでした。

自分より先に子が亡くなるなど、考えたくもないことかと思います。しかし、可能性が誰でもゼロではない以上、万が一に備えた一文をしっかり入れておくことで、後のトラブルを予防できるのです。

「こんなことまで遺言書に書いて、お父さんって心配性だったんだね」と、笑られるくらいで良いのです。

また、万が一のことがあった際に書き直せば良いのですが、今回のように、想定しえない事実があった後は意気消沈する方が少なくありませんし、遺言書の書き換えにまで、なかなか頭が回りません。また、認知症になってしまえば、原則として遺言書の書き直しは不可能です。そのため、最初に作成する段階で、様々なケースを想定して盛り込んでおく必要があるのです。

様々なケースを想定して遺言書を作成しよう

このような不測の事態に備えた記載を「予備遺言」と呼びますが、予備遺言のない遺言書であっても、作成することは可能です。

また、安易に「長男が先に亡くなったら、その子どもにいくから大丈夫でしょ?」と考えて、「別にそんな記載はいらない」というケースも少なくなりません。ここで、リスクを説明せず、言われたままに作成する専門家はちょっと危険です。この例のように、遺留分についてだけ説明して、予備遺言については言及しない専門家。非常に恐ろしいですね。

遺言書を作る際はぜひ、法的な要件のみではなく、様々なケースに対応できるのか、しっかりと検討して作成してください。

もちろん、ひとりで考えていては想定が漏れてしまう可能性もありますから、ぜひ、相続に詳しい専門家に相談して、本当に安心できる遺言書を作成するようにしましょう。

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こころをつなぐ、相続のハナシ』(2017年6月14日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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