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イタリア国民投票の焦点~欧州から逃避する巨額マネーは日本に向かうか?=矢口新

投資家や多くの欧州諸国は、12/4のイタリア国民投票が否決され、ブレグジット、トランプ氏勝利に続く「第3のドミノ」となることを恐れている。とはいえ、世界はカネ余りだ。欧州でドミノ現象が起きれば、現在のイタリアがそうであるように、欧州から巨額の資金が流出する可能性が出てくる。(『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』矢口新)

プロフィール:矢口新(やぐちあらた)
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。

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イタリア国民投票に身構える市場。それでも世界は「カネ余り」だ

金融市場、次の大きな懸念

トランプラリーが続いている。木曜日の欧米株は利食い先行となったが、それでもダウ工業株平均は史上最高値を更新した。

投資家はカネ余りで、前向きの材料があれば投資したいので、トランプ大統領のポジティブな側面を探している。なかでも大きな材料となりそうなのが減税案だ。

2016年は、ブレグジット米大統領選という大きな懸念材料を市場は乗り切った。11月30日にはOPECが減産で合意し、非OPECのロシアも協力姿勢を示した。それを受けて、原油価格は50ドル台を回復した。12月の米利上げは既に織り込まれており、このまま株高、円安が継続するのだろうか?

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とはいえ、2017年にはオランダ総選挙フランス大統領選挙ドイツ連邦議会選挙が控えている。ブレグジット、米大統領選の流れを受けて、既存システムを拒絶する勢力が勝利すると、ユーロ圏、欧州連合の土台を揺るがしかねない

フランスのオランド大統領は1日夜のテレビで、2017年4~5月の大統領選に出馬しないと表明した。同氏は「十分な支持を得られないリスクを認識している」と述べ、支持率が10%台に低迷する中、出馬しても勝つのは難しいと判断したとみられている。

いやその前に、この12月4日にイタリアで国民投票が行われる。その結果によっては、2017年半ばには、イタリアも総選挙を行い、ユーロ圏離脱の国民投票を行う可能性が浮上するのだ。

そうした懸念を受けて、木曜日の欧州の国債価格は急落、イタリア10年国債は2.05%と2%台に乗せ、長らくマイナス利回りだったドイツ10年国債も9ベイシスポイント売られて、既にプラス0.36%となっている。両国債のスプレッドは2014年2月以来の高水準となった。

イタリア国民投票はブレグジット以上の重要イベント

イタリアで12月4日に、憲法改正についての国民投票が行われる。欧州では2016年最大の、ユーロ圏の中核国家という意味で、ブレグジット以上の重要な政治イベントだと言われている。

憲法改正は、議会や選挙制度に関するもので、今後のイタリアの政治運営を大きく左右する。

イタリアは、議会で上下両院が全く対等の権限を持つ「完全二院制」という制度を敷いている。そのため、法案が上院と下院を行ったり来たりして、可決されないまま何十年も審議が続くという可能性を抱えている。

レンツィ首相は改憲で上院の権限を大幅に縮小し、ドイツやスペイン、英国と同様、ほとんどの法律について諮問的な役割だけを担わせようとしている。

一方、下院に関しては、同首相は選挙で得票数が最も多い政党に大きな権限を与える改正選挙法を成立させ、同法はすでに施行された。得票率1位の政党が自動的に54%の議席を確保できるようにしたものだ。このため、下院で選ばれる次期首相は5年間の任期がほぼ保証される。

憲法改正が通れば、イタリア議会上院は現在の315議席から100議席に減らされ、多くの法案は下院が承認すれば議会を通過する。また、不信任決議で首相を退陣させることもできなくなり、首相・与党の権限が大幅に増大する。

レンツィ首相は憲法改正が政府の効率化と経費削減につながり、海外投資家を引き付けるのに寄与すると主張。大企業の経営陣は賛成派が多数だと言われている。

一方で、世論調査では反対派が過半数(53.5%)を占めている。反対派は「五つ星運動(5SM)」が率いているとされ、ベルルスコーニ元首相や与党・民主党の一部議員も加わっている。憲法改正はユーロ圏という既成の枠組みの中で、首相の権限を強めるだけだとする。また、その首相は欧州政府に操られているとするものだ。

Next: 「否決」なら最大8つの銀行が危機、政府デフォルトの可能性も?



勢い増す「イタリアEU離脱」の機運

五つ星運動(5SM:5 Star Movement)は、ウィキペディアによれば、

2009年10月4日に人気コメディアンのジュゼッペ・ピエーロ・グリッロと、企業家・政治運動家のジャンロベルト・カザレッジョによって結党された。大衆の不満に率直な賛同を示す人民主義政党(ポピュリズム)として行動し、近年の欧州経済危機とそれに伴うマリオ・モンティ政権時の経済改革により、雇用不安や増税を背負わされた国民の中流層・下流層から急速に支持を集めている。党名の由来であり、シンボルでもある五つの星は社会が守り抜くべき概念(発展・水資源・持続可能性のある交通・環境主義・インターネット社会)を指している

とされる。

ちなみに、「ポピュリズム(大衆迎合主義)」の対義語は、「エリート官僚主義」とでもなるだろうか?同党が掲げる「社会が守り抜くべき5つの概念」への賛同はともかく、5SMは欧州連合、ユーロ圏を含む、政治エリートが作り上げた既存システムに不満を持つ人々の支持を集めている。その意味では、ブレグジットやトランプ支持に共通するものがある。

国民投票で賛成派が勝てば、レンツィ首相が憲法と選挙法を改正し、2017年の半ばに総選挙を行うと予想されている。そうなれば、レンツィ首相の長期安定政権が成立する可能性が高い。

一方、反対派が勝つと、レンツィ首相は辞任すると表明している。その場合も、2017年の半ばに総選挙を行うと予想され、得票率1位の政党が自動的に54%の議席を確保できるため、5SMが政権を担う可能性が高い。

同党はイタリアのユーロ圏残留・離脱を問う国民投票の実施を公約しているため、イタリアのユーロ圏、あるいは欧州連合離脱の可能性が浮上する。

「否決」なら最大8つの銀行が危機に

イタリアの銀行は、総額で3560億ユーロの不良債権を抱えているとされる。ここに、国民投票が否決され、5SM政権の可能性が高まると、これまでの支援体制の枠組みが揺らぎ、最大8つの銀行が危機に至るとされている。

ユーロ圏決済システム「ターゲット2」のデータによると、3-10月にイタリアから8カ月連続で資金が流出、純債務は2008年以降のECBの記録で最大水準を記録した。公的債務残高はGDP比133%に達し、ユーロ圏で2番目の多さで、政府が銀行システムを支えるどころか、政府のデフォルトの可能性も取沙汰されている。

国民投票が近付くにつれ、イタリア政府や銀行の借入コストが上昇しているが、それでも、ユーロ圏の債務危機が深刻化していた2010-11年時の水準からは大きく下回っている。しかし、国民投票が否決されると、更に上昇すると見込まれている。

ECBは、国民投票を受けてイタリアの借入れコストが急上昇した場合には、月額800億ユーロの資産買い入れ策を通じて、イタリア国債を買い支えると示唆した。

Next: イタリアEU離脱の確率は?/巨額資金はどこに逃げるか。円や日本株は?



実際にイタリアがユーロ圏やEUを離脱する可能性は?

イタリア憲法は国民投票による国際条約の破棄を禁止している。従って、ユーロ圏離脱、あるいは欧州連合離脱を問う国民投票前に、憲法改正が必要になる。その改正には上下両院で3分の2議席以上の賛成票が必要だ。

さらに、イタリア国民が離脱「賛成」を選んでも、その結果を憲法裁判所が阻止する可能性があると言われている。

イタリア国民の約40%が反欧州連合だとする調査もあるが、ユーロ圏離脱派は15.2%のみ。67.4%はユーロを支持しているという調査もある。

また、11月29日に、独センティックスが発表した投資家調査では、イタリアが1年以内にユーロ圏を離脱する確率は19.3%と予想され、2012年6月の調査開始以来の最高水準となった。

投資家や多くの欧州諸国は、国民投票の否決により、イタリアがブレグジット、トランプ氏勝利に続く「第3のドミノ」となり、欧州の他の選挙へのドミノ現象が続くことを恐れている。

英国、イタリアに続き、オランダ、フランス、ドイツで、反ユーロ、反EU勢力が勝利すると、これまでの既成の枠組みが維持できなくなる。

巨額資金はどこに逃げるか。円や日本株は?

世界はカネ余りだ。イタリアから資金が流出している様に、欧州でドミノ現象が起きると、欧州から資金が流出する可能性が出てくる。ECBは量的緩和を止めることができないが、ECBが供給する資金は、欧州から出ていく資金の穴埋めにしかならない。どこに出ていくかが、今後の注目となる。

一方で、2012年10月以降に起きた「債券から株式への資金の大移動」が、米国でこの10月からまた起き始めた。前回は欧日のマイナス金利政策などもあり、再び債券が買われたが、もはや当局に利下げ余地はなく、米国は利上げ基調だ。

そのため、今後少なくともしばらくは、債券から株式への資金移動が続く可能性が高い。米金利が上昇基調だと、ドル円は上げ基調となる。
円安(株高)はどこまで進む? 【著者】矢口新 – みんなの外為

また、日本株には独自の強力な買い手がいる。日銀と年金だ。そこに10月から既に始まっている様に、海外からの資金が流れ込むと、トレンドは右肩上がりとなる。

「第3のドミノ」が倒れるか、連鎖を止めるか、イタリアの国民投票は12月4日の日曜日に行われる。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年12月2日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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