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ヤマト運輸の「悲痛な値上げ」をもたらしたアベノミクスの限界=島倉原

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2017年3月9日号「宅配便値上げをもたらしたデフレ経済の限界」より
※本記事のタイトル・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

プロフィール:島倉原(しまくら はじめ)
1974年生まれ。経済評論家。株式会社クレディセゾン主任研究員。1997年、東京大学法学部卒業。株式会社アトリウム担当部長、セゾン投信株式会社取締役などを歴任。経済理論学会及び景気循環学会会員。

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低賃金と長時間労働のダブルパンチ。社会の歪みはなぜ生じたか?

宅配便最大手「ヤマト運輸」が基本運賃を引き上げへ

宅配便最大手のヤマト運輸が、基本運賃を引き上げる方針を固めました。取扱個数が想定を超える宅配便を現場がさばききれず、労働組合が労使交渉で宅配便の荷受量抑制を求めたことがきっかけです。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ06HVU_W7A300C1MM8000/
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ22HXU_S7A220C1MM8000/

インターネット通販の拡大などを背景に、宅配便の取り扱いは年々増加しています。ヤマト運輸もこれまでは人員の増強で対応してきましたが、陸運業界の賃金水準が相対的に低いこともあり、ここに来て人手不足が深刻化。その結果、昼食休憩を取るのすら難しい長時間労働が、現場では常態化しているそうです。

経営側もサービス維持のためには値上げが不可避と判断し、まずはネット通販大手のアマゾンなど、取引量が多く割引率が高い大口顧客と交渉を開始。全面的な値上げが実現すれば、消費税増税時を除けば27年ぶり、すなわちバブル経済の時以来となるそうです。

低賃金と常態化する長時間労働

こうした陸運業界の実態は、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」でも確認できます。2番目のURLは政府の統計サイトで、2001年以降は職種別データも入手可能です。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020101.do?_toGL08020101_&tstatCode=000001011429

同調査によれば、2001年の民間一般労働者(フルタイム労働者)の平均年収が503万円。これに対し、大型トラック運転手と中小型トラック運転手のそれは、それぞれ467万円、429万円と、いずれも民間平均を下回っています。

しかも、年間労働時間は民間平均が2,160時間なのに対し、貨物トラック運転手は大型で2,532時間、中小型で2,544時間と、低年収でありながら長時間労働、時給換算すれば民間平均との格差はさらに拡大します。もちろん仕事の内容は様々なので、単純な水準比較にはあまり意味がありません。

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トラック運転手の労働条件は、なぜ民間平均を上回るペースで悪化したのか?

そこで、労働条件の変化を見るため、物価変動も加味した「実質時給」を計算し、その変化率を比較してみました。なお、実質時給=年収÷物価指数÷年間労働時間となります。

前回紹介した「毎月勤労統計調査」にも表れているように、長期デフレを伴う日本経済の停滞を背景として、民間労働者全体もトラック運転手も、実質時給は2014年まで低下トレンドが続きました。2015年、2016年は人手不足を背景として、2年連続で上昇しています。

2001年から2014年に至るまで、実質時給の民間平均は4.4%低下しています。これに対し、トラック運転手の低下率はさらに大きく、大型で12.5%、中小型で14.2%。しかも、年間労働時間の民間平均が1.7%減少しているのに対し、トラック運転手のそれはいずれも増加(!)しています(大型は2.4%、中小型は1.4%)。

つまりこの間、収入減、労働時間増というダブルパンチによって、トラック運転手の労働条件は民間平均を上回るペースで悪化しているのです。

2015年以降の実質時給こそ、民間平均を超えて上昇しているものの、2001年から2016年までの累計では、実質時給のマイナスは依然民間平均を上回ります。そして、2001年時点の民間平均との年収格差もまた、より一層拡大しています。

デフレに加え、貨物自動車運送事業法改正等の規制緩和による運賃価格競争の激化が、こうした結果をもたらしたと考えられます。そこに日本全体を覆う人手不足の問題も加わったことで、労働条件の悪化が限界を超え、労使交渉から値上げ方針決定に至る今回の動きにつながったと言えるでしょう。

緊縮財政という失政により、1997年以降現在まで続いている日本経済の長期停滞とデフレ。国内企業収益も伸びないそうした状況下で、経営の論理によって進行した労働条件の悪化。そして、経済停滞の真因である緊縮財政を放置したまま、「規制緩和による成長」という誤った処方箋を追求することで、かえって社会全体のゆがみを助長する。

今回の事例はヤマト運輸という一企業や陸運業界に限った話ではなく、日本全体でも、そうした縮小均衡の限界が訪れつつあることの表れではないでしょうか。

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