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トルコリラ暴落が世界金融危機の引き金に。日本経済はこの残暑に耐えられるか?=近藤駿介

トルコリラ急落によって生じた金融市場の混乱は、いったいどこまで波及するのか。新興国通貨安、欧州の銀行の経営不安だけでなく、米利上げにも影響が出そうだ。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

※本記事は有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』2018年8月13日号を一部抜粋したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。著書に、平成バブル崩壊のメカニズムを分析した『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)など。

強硬姿勢を崩さないトルコ。余波はいったいどこまで広がるのか?

トルコ・ショックの余波は大きい

陰の主役が表舞台に表れた。これまで金融市場の注目を集めていたのはトランプ大統領だった。しかし、ここに来て市場の主役に躍り出てきたのはトルコリラだ。

米国人牧師の拘束問題を巡って米国との関係が急速に悪化していることを背景に、トルコリラは10日対ドルで一時前日比約20%下落し、「トルコ・ショック」を引き起こした。

「トルコ・ショック」の影響もあり、日経平均は週末にかけて3日続落。特に10日には前日比300円安と大幅安となった。また米国株式市場もNYダウとS&P500がともに3日続落、史上最高値目前だったNASDAQも10日は50ポイントを上回る下落となった。

「トルコ・ショック」によって110円台半ばまで円高が進んだが、日本のメディアはこうした動きを「安全通貨として円が買われた」「リスクオフ」だと報じている。しかし、ドル指数は1年1か月振りに96台に乗せて来ており、ドルの動きは必ずしも「リスクオフ」とはなっていない

日本人投資家の「強制ロスカット」が影響か

トルコは多額の経常赤字を抱え、短期資金への依存度が高く、高インフレと景気過熱に悩まされるなど売られる材料に事欠かない状況にあり、トルコリラは過去1年で45%下落してきている。

しかし、トルコ好きの多い「ミセスワタナベ」は、トルコリラを見放さずに来た。8月9日時点のFX取引の「トルコリラ/円」の未決済建玉比率は約90%が「買」(50%が中立)となっており、「ミセスワタナベ」は1年間に45%も下落してきたトルコリラのポジション整理をほとんど進めて来ていない。

こうした現状を考えると、トルコリラが10日に1日で20%もの下落を見せた背景に「ミセスワタナベ」によるロスカットの動きがあった可能性は十分に考えられること。10日だけでどの位「ミセスワタナベ」のポジションが整理されたのかは要注目。

週明け13日に発表された10日時点での「トルコリラ/円」の未決済建玉比率は約81%まで低下した。先週末1日で約10%のポジション整理が進んだ格好になっているが、依然として「ドル/円」の約78%、「ユーロ/円」の約60%に比較すると「買」に偏っているといえる(未決済建玉比率が約97%に達している「メキシコペソ/円」や、98.5%に達している「南アフリカランド/円」といった経常赤字国の通貨も気になるところ)。

日本メディアのいう「安全通貨である円が買われた」という動きは、「能動的リスクオフ」ではなく、リスクに直面した「ミセスワタナベ」が損切を余儀なくされて円に逃げ帰って来たという「受動的リスクオフ」だったといえる。

貿易戦争は続いているが、拡大はしていない

トルコリラの下落によって、トランプ米大統領は10日に、トルコから輸入する鉄鋼とアルミニウムの関税を2倍に引き上げる方針を表明した。

こうした動きを「貿易戦争拡大」と捉える向きもあるが、これは通貨安によって関税引き上げの効果が打ち消されることを防ぐための措置であり、USTRが10%関税賦課を討議中の2000億ドル相当の中国からの輸入品に対して関税率を25%に引き上げることを検討しているのも、通貨安によって関税引き上げが骨抜きになってしまう可能性に配慮したものだといえる。

つまり、「貿易戦争」は続いているが、必ずしも拡大しているわけではない

Next: 強硬姿勢を崩さないトルコのエルドアン大統領。余波はどこまで広がる?



トルコリラのネガティブ材料は「エルドアン大統領」

トルコリラが急落するなか、トルコのエルドアン大統領は、「金利の罠には落ちない」と、通貨リラの防衛を目的とした利上げに否定的な考えを示している。

さらに、米国がトルコに対して敵対的な対応を取り続ければ「われわれは新たな友人や同盟を探し始めなければならなくなるだろう」と述べ、トランプ政権に対してNATO脱退ロシアや中国への接近を示唆するなど強硬姿勢を見せている。

しかし、こうしたエルドアン大統領による政治的発言は、国民にはアピールできるものかもしれないが、トルコリラにとってはネガティブ材料でしかない。トルコリラが選好されてきたのも、NATOの一角であったからである。

欧州の銀行に広がる経営不安

為替市場で新興国通貨が売られてドルや円が買われるという展開になった背景には、FRBによる利上げが影響していることは確かだろう。しかしそれは、巷で言われているFRBの利上げが招いた「金利差縮小」による資金シフトである可能性は低い

金融市場に大きな混乱をもたらすのは「金利差」による収益の変動というP/L要因ではなく、負債サイドに影響が及ぶB/S要因である場合が多い。

FRBの持続的利上げによって日本の投資家がドルを調達するコスト(ベーシススプレッド)は、日米の10年国債の利回り格差が3%に満たないなかで2.5%前後まで上昇してきており、「金利差」という観点からはドルの投資魅力は乏しくなって来ている

「金利差」の面での投資魅力が乏しくなる一方、FRBの持続的利上げ政策を背景としたドル高は、ドル資金を借り入れている主体からみれば、「負債の増加」を意味するものであり、「負債の増加」はB/Sの脆弱化と返済能力の低下を招くものである。

そしてこれは「資産の劣化」を通して、貸手のB/Sを棄損するものとなる。トルコリラの下落によって欧州の銀行に対する不安が高まったのも当然のこと。

新興国通貨は危険に晒されている

新興国通貨の下落基調を招いた要因はFRBの、持続的利上げだけではない。昨年末にトランプ政権が成立させた「レパトリ減税」がドル資金の米国回帰によるドル資金不足を招いており、また先月末に日銀が打ち出した「異次元の金融緩和政策の実質的敗北宣言」による「円キャリートレード」の縮小・巻き戻しも影響していると思われる。

キャリートレードの「調達通貨」の必要条件は、金利が上がらないことと通貨高にならないことである。こうした中、日銀は長期金利の上昇を容認し、実質的にマイナス金利の適用を縮小する動きを見せた。これは、「調達通貨」としての魅力を失わせるものである。

キャリートレードにおける「調達通貨」である円と、資本取引の「調達通貨」のドルの上昇は、資金調達国である新興国に大きな変化を生むのは必然だともいえる。

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米利上げ「先送り」の口実になり得る

今回のトルコリラの急落によって生じた金融市場の混乱は、今後のFRBの金融政策にも微妙な影響を及ぼす可能性を秘めている。

金融市場は、次々回(9月25日・26日)のFOMCでの25bpの利上げ確率を91.2%と高く見積もっている。7月にトランプ大統領がFRBの利上げに対して「好ましくない」とFRBの独立性を脅かす発言をしたこともあり、FRBがあらぬ疑惑を掛けられないためにも持続的利上げを継続するという見方もが加わり、利上げ確率を高く見積もるのは当然だともいえる。

しかし、金融市場の混乱によって、FRBがそれを理由に利上げを先送りする可能性が出て来たといえる。実際に2016年3月に当時のイエレンFRB議長は「海外経済と金融市場には引き続きリスクがある」という理由で利上げを見送った実績がある。

FRB内からも「逆イールド」や「中立金利」について懸念する声が上がっていることを考えると、市場の混乱によってFRBはトランプ大統領に対する忖度という疑念を与えずに利上げを先送り出来る口実を得られたともいえる。

8月のFOMC議事録に注目

6月のFOMCからは中立金利研究の一人者であるウィリアムズ元サンフランシスコ連銀総裁がNY連銀総裁としてFOMCの副議長という重要なポジションに就いている。

こうしたFOMCのメンバー変更に伴って「逆イールド」や「中立金利」に関してどのような議論がなされていたのかを知るうえで来週23日に発表されるFOMC議事録には注目である。

同じく23日からは恒例のジャクソンホールでのシンポジウムが開かれる。パウエル議長が講演をするかは定かではないが、足元の金融市場の混乱についてどのような発言がなされるのかも大きな注目である。

夏休みの後の金融市場は厳しい残暑になりそうだ。

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image by:Wikimedia Commons

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元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』(2018年8月13日号)より抜粋
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