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石破氏の失敗と、揺らいだ安倍一強体制。今後3年で国民が払う大きなツケとは?=近藤駿介

予定通りの安倍3選に終わった自民党総裁選。なぜ石破氏は善戦するも勝てなかったのか。両陣営の戦略を振り返りながら、今後の日本が直面する危機について考えたい。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

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プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。著書に、平成バブル崩壊のメカニズムを分析した『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)など。

これからの3年はアベノミクスの副作用との戦いか。総裁選を総括

「敗者なき選挙」に終わった

現実は評論に勝る。「評論家」を自称する筆者が言うのもおかしな話だが、20日に行われた自民党総裁選挙の結果はこうしたことを強く印象付けるものだった。

553対254

安倍総理が現職の強みを存分に発揮して圧勝で3選を果たすことが確実視されていた自民党総裁選挙は、石破氏が国会議員票の20票を含めて党内の「隠れ石破支持派」「隠れアンチ安倍派」を取り込み、事前予想210票前後を大きく上回る254票を獲得するなど予想外の善戦を見せた。一部からは小泉進次郎氏の石破支持の態度表明がもっと早く行われたらという声が上がるほど予想外の善戦を見せたことで、両候補ともに面目を保つことができる「敗者なき選挙」という格好になった。

石破氏が善戦したといえども選挙で安倍総理が3選を果たしたことに違いはなく、日本経済の行く末は最長3年間アベノミクスに委ねられることになった。

石破氏が勝てなかったワケ

石破氏が善戦しながらも逆転できなかった原因の一つは、「正直、公正、石破茂」というキャッチフレーズに象徴されるように、石破氏の主張が抽象的な理念、あるべき論に終始して具体的政策を提示できなかったことだ。憲法問題や森加計問題、政治手法といった争点においては、「正直、公正」といった抽象的な言葉は安倍総理との差別化を図るうえで有効なものだったかもしれない。

しかし、国民全員がそれぞれの立場で現実に直面している経済問題でこうした抽象的評論だけではなかなか通用しない。

石破氏は経済問題では積極的にアベノミクス批判を行ってきた。しかし、その内容は「東京や大企業の成長の果実が地方や中小企業に波及するという考え方は私はとっていない」というような問題点の指摘に留まってしまった

アベノミクスの恩恵が大企業や富裕層などに偏ったところにしか及んでいないという石破氏の指摘は間違ったものではない。しかし、同時に何がこうした富の偏在を生む要因となっているのかを明らかにし、その部分をどのように変えていくのかについて具体策を語らなければ単なる批判に留まり、アンチ安倍以外の層に対して説得力を持つ主張に昇華させることは難しい。

結局、具体策なき石破氏によるアベノミクス批判は、「全ての都道府県で正社員の有効求人倍率が史上初めて1倍を超えた」などという(怪しげな)実績を強調する安倍総理の「問題点の指摘も大事だが、具体的な政策を進めていくことがとても大切だ」という主張を論破するまでに至らなかった。

Next: 正直者がバカを見る? 石破氏の致命的な失敗とは



石破氏は「消費税10%」の先にまで言及

アベノミクスに代わる具体的なイシバノミクスを提示できなかった石破氏にとって致命的だったのは、石破氏が唯一具体的に言及した政策が来年10月に迫った消費税10%への引上げだったことだ。

石破氏は消費税に関しては「10%後のことを語っていないのはよくない」と語り、10%への引上げはおろか、消費税10%は通過点に過ぎず、10%を超える水準まで引き上げる考えを持っていることを明らかにした。アベノミクスに対して抽象的な批判をし続け、具体的な経済政策を示すことをしなかった石破氏が消費増税にだけ具体的に言及したことで、結果的に消費増税に関する主張が際立つ結果となった。

「正直、公正、石破茂」をキャッチフレーズに掲げる石破氏にとって、国民に対して耳の痛い厳しい政策にもきちんと説明することが政治家としての責任だという拘りを持っているのかもしれないが、アベノミクスの成果に疑問を抱いている層に訴求できなかった大きな原因になったともいえる。

アベノミクスの恩恵が大企業や一部の富裕層に偏っているという問題点を追及しつつ、その弊害を解消する政策を具体的に提示することなくアベノミクスの恩恵を受けていない国民にも広く消費税を課すという主張が、国民の眼に自らが指摘する問題点の解決を放棄するかのように映ったとしても不思議なことではない。

来年10月に消費税を10%に引き上げるのであれば、石破氏はそれまでの1年間にアベノミクスの恩恵を地方に行き渡らせる具体的な施策を提示するか、消費増税によってこれまでアベノミクスの恩恵を受けられて来なかった国民にも恩恵が及ぶようになることを丁寧に説明する必要があったはずである。

そのどちらも示すことなく消費増税実施だけを断言したことは「正直者の失敗」だといえる。

安倍首相のイメージ戦略が奏功

できれば上げたくないが、昨年の総選挙でお約束した幼児教育の無償化や真に必要な子どもたちの高等教育無償化のために上げなければならない

「正直、公正、石破茂」とは反対のポジションに立つ安倍総理は、消費増税やむなしという考えを示しつつ、「できれば上げたくない」という言葉を添えることで国民の気持ちを理解しているイメージを演出して見せた。

さらに、それによって国民にも恩恵が及ぶことを付け加えることで消費増税容認発言のダメージを最小限にするリスクマネジメントも怠らなかった。

安倍総理は、消費税を引上げるという同じ結論を表明するするのに「消費税はできれば引上げたくない」という言葉を添えることで消費増税に消極的な印象を植え付け、「消費税の引き上げはやらねばならない」と主張する「正直者」との違いを鮮明に浮き上がらせることに成功したといえる。

Next: 揺らいだ「安倍一強体制」、これからの3年はどうなる?



揺らいだ「安倍一強体制」

石破氏の善戦は、安倍一強体制が盤石なものではなくなってきたことを示す結果となった。しかし、それは同時に来年10月に予定されている消費税10%への引上げが確実になったことを告げる結果でもあった。

安倍総理は今回3選を果たし、2021年9月まで在任が可能になった。しかしそれは、自民党総裁の任期が「連続4期12年」に再延長されることがない限り、安倍政権のゴールが見えたことでもある。

これまで安倍一強体制を支えてきたのは「まだまだ安倍政権が続く」という議員心理である。勝ち馬に乗ることを目指す多くの議員達にとって、安倍晋三という勝ち馬が存在したことは好都合だった。しかし、安倍晋三という勝ち馬の引退時期が決まった今、彼らは新たな勝ち馬を探さなければならなくなった。それは安倍総理がこれまでのような求心力を持ち続けることはできないということと同義でもある。

来年10月の「消費税10%」は確実に来る

石破氏の善戦によって党内に「隠れアンチ安倍派」が予想以上に存在することが明らかになったことに加え、善戦した石破氏の存在は無視しえないものとなった。こうした状況下で安倍総理の求心力が落ちていくということは、来年の消費増税実施は避けられなくなったということでもある。

安倍総理が2015年に引き上げられる予定だった消費税10%への引上げを2回も先延ばしして来たのも、自民党総裁、総理の座を維持するという強い意欲を持っていたからである。そして、「まだまだ安倍政権が続く」という雰囲気がそうした安倍総理の英断を容認してきた。

しかし、「最長でもあと3年しか安倍政権は続かない」という状況に変わった今、安倍総理に消費税10%への引上げを先送りするインセンティブはなくなったといえる。

さらに、例え安倍総理が将来の日本経済に思いを馳せ消費増税の再々延期を目指しても、周囲が「最長でもあと3年しか安倍政権は続かない」という認識を持ち、今回の総裁選で消費増税の必要性だけは具体的に主張してきた石破氏が善戦して党内での存在感を増した今、安倍総理の意向を忖度して消費増税の再々先送りするために汗をかく輩が出て来ることは望むべくもない。

5年経っても有効需要不足を解消できず、「2%の物価安定目標」を達成できないうえに、その副作用が問題になって来ているアベノミクスをさらに3年続けても、これ以上の上がり目は期待できないのが実情である。

そうした中で、日本経済にダメージを与えることが確実な消費増税が実施されることになれば日本経済が深刻な状況に陥ることは想像に難くない。

Next: アベノミクスの成果を信じる安倍首相は、好調な米国と真逆の政策を取る



アベノミクスは、好調な米国経済の後押しがあってこそ

株式市場は安倍3選を歓迎し、日経平均株価は年初来高値にあとわずかといえるところまで上昇してきた。

しかし、それを日本経済の実力が反映された動きだと思い込むことは危険である。様々なトランプリスクを抱えながらも史上最高値を記録してきた米国株式市場の後押しがあってのことだからである。

そして、米国の好調な経済と株式市場を支えているのは、昨年末に実施された減税策である。トランプ大統領による減税策とFRBの慎重な金融政策によって物価の安定と雇用の最大化を実現させた米国。

それを背景とした米国株高から追い風が吹いているお陰で、5年半も「異次元の金融緩和」を続けながらも「2%の物価安定目標」を達成できる目途も立っていない日本の株価も好調な展開を保てていることを忘れてはならない。

アベノミクスの成果を疑わない安倍首相

好調な日本経済と株価をアベノミクスの成果だと思い込んでいる安倍政権は、来年には消費増税に踏み切ろうとしている。

米国が減税と漸進的な利上げによってインフレなき経済成長を達成しつつある中、デフレからの脱却すらできていない日本が、米国とは真逆の金融緩和の継続と消費増税という政策ミックスで経済の成長を目指すという構図は違和感を覚えるものである。

多額の貿易赤字を抱える米国が減税で内需拡大を目指す一方、多額の対米貿易黒字を抱える日本が消費増税によって内需を冷やす方向に動くのでは、日米間の貿易不均衡が解消に向かうことは期待薄である。教科書的に言えば、日米間の貿易不均衡を解消するためには、貿易赤字国の米国が減税をするなら、貿易黒字国である日本は米国以上に減税しなければいけないことになる。

安倍総理が強調してきたアベノミクスの成果は、米国からの追い風と、日銀やGPIFによる株式市場への介入によって嵩上げされた虚構の景気回復でしかない

今回、安倍3選が決まり虚構の景気回復が容認されることになったことで、当面アベノミクスが継続されることが確実になった。忘れてならないことは、虚構の景気回復の演出期間を延ばせば延ばすほど、将来の日本社会が支払うべきツケが大きくなることだ。

Next: 増幅されたアベノミクスの副作用が、3期目とポスト安倍に襲いかかる…



被害を受けるのは「次の世代」

3期目を迎えた安倍総理とその後を継ぐ「ポスト安倍」は、アベノミクスを長く続け過ぎたツケに苦しむことになるだろう。そしてそのツケは、「株価の下落と低迷」や「年金制度の崩壊」など、何かしら「次世代にツケを回す」形の破壊を引き起こす可能性が高い。

さらに恐ろしいことは、それは誤った政治的判断のツケを払うための破壊であり、金融現象としての「バブル崩壊」ではないため、金融政策でも財政政策でも救うことのできない危険性を秘めていることだ。

誤った政策は、いつかどこかでそのツケを払わなければならない運命にある。そのツケを払う時期を先送りしようとすればするほどそのツケは膨れ上がり、将来の破壊を規模の大きなものにする。

近い将来日本は「危機的状況とは、『すべてなかったことにしよう』といえないときである」という「ファーガソンの教訓」を痛感することになりそうだ。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2018年9月23日)
※記事タイトル、本文見出し、太字はMONEY VOICE編集部による

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