米国がいよいよ本丸を攻めてきました。カナダによるファーウェイCFO逮捕です。ポイントはずばり中国つぶし。拡大を続ける中国経済を放置するわけにはいきません。(江守哲の「ニュースの哲人」〜日本で報道されない本当の国際情勢と次のシナリオ)
本記事は『江守哲の「ニュースの哲人」〜日本で報道されない本当の国際情勢と次のシナリオ』2018年12月14日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:江守哲(えもり てつ)
エモリキャピタルマネジメント株式会社代表取締役。慶應義塾大学商学部卒業。住友商事、英国住友商事(ロンドン駐在)、外資系企業、三井物産子会社、投資顧問などを経て会社設立。「日本で最初のコモディティ・ストラテジスト」。商社・外資系企業時代は30カ国を訪問し、ビジネスを展開。投資顧問でヘッジファンド運用を行ったあと、会社設立。現在は株式・為替・コモディティにて資金運用を行う一方、メルマガを通じた投資情報・運用戦略の発信、セミナー講師、テレビ出演、各種寄稿などを行っている。
事件を政治利用するトランプ、焦った中国・習近平の失策とは…
ついに始まった「中国つぶし」
米国がいよいよ本丸を攻めてきました。カナダ司法省は今月5日、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟・最高財務責任者(CFO)をバンクーバーで逮捕しました。
この報道に驚いた方も少なくないでしょう。日本では考えにくい逮捕です。もっとも、最近は日産自動車の元会長のカルロス・ゴーン氏が逮捕されましたので、あまり驚かないですかね。
ポイントは、ずばり「中国つぶし」です。拡大基調を続ける中国経済を放置するわけにはいきません。まして、ハイテク分野で世界の主導権を握ることなど、米国が許すはずがありません。
のさばってきた中国を攻撃するために、前回はZTEを見せしめ的に締め上げ、業績を低迷させ、ダメージを与えました。大成功でした。そして今回は、ファーウェイを標的にしました。ファーウェイの売り上げ規模は中興通訊(ZTE)に5倍と言われています。そのため、後述するように、今回の事件の影響は今後非常に大きなものになります。
背景は「イラン制裁措置」への違反か
逮捕は米制裁措置への違反に関連しています。
孟氏は華為の取締役会副会長の1人で、創業者の任正非氏の娘でもあります。その立場からも、今回のことの大きさがわかるというものです。
カナダ司法省報道官によると、孟氏が逮捕されたのは12月1日でした。米中首脳会談が行われた日です。この事実も何かを示しているといえます。それはもちろん、中国への圧力です。
米当局は、華為が米国製品をイランなどに輸出し、米国の輸出・制裁関連法に違反した疑いがあるとして、少なくとも2016年から捜査しました。相当前からファーウェイに目を付けていたことになります。16年は、トランプ大統領が大統領選に出馬する前です。それだけ前から捜査していたわけです。
ファーウェイ事件を最大限に利用するトランプ
この点だけをとらえれば、ファーウェイ事件はトランプ政権とは関係ないように聞こえます。しかし、いまの大統領はトランプ氏です。これを利用しないはずがありません。
周囲は、貿易問題とファーウェイ事件を結び付けるなと助言しているようですが、聞く耳を持つはずがありません。いまのトランプ政権は対中強硬派ばかりです。
米中は1日の首脳会談で貿易戦争の「一時休戦」で合意したばかりですが、今回の孟氏の逮捕により、両国関係の溝が深まることは必至です。
Next: 「中国企業」ならどこでも良かった? トランプは中国抑え込みに本気だ
理由は「中国企業だから」
今回の逮捕は、香港を拠点とするスカイコム・テックとファーウェイの関係が背景にあります。スカイコムは想定以上に華為と深いつながりがあったようです。
スカイコムは13年1月、禁輸対象の米ヒューレット・パッカードのコンピューター機器をイランの携帯電話大手に売却しようと試みていました。
スカイコムが香港の会社登記担当当局に提出した記録によると、孟氏は08年2月から09年4月まで同社の取締役を務めました。また、同社の複数の元幹部と現幹部も華為と関係があるとみられています。
孟氏が逮捕されたことの背景が、単に米国の対イラン制裁に違反したことに対するものであれば、大きな問題ではありません(実際にはそれだけでも十分に違反行為ではありますが)。
しかし、ファーウェイは中国企業です。ここが実に大きなポイントになってくるわけです。
米国の理解では、「中国の侵害は時に、明確に国家の支援を受けて、民間企業を通じて行われる」とされています。
今回の逮捕について、専門家は「トランプ政権の中国に対する地政学戦略の一環」とし、「米中貿易交渉の進展が妨げられる大きなリスクがある」と指摘しています。今回の事件を受けて、中国側は警戒感をより強める可能性あります。特に対米関係はこれまで以上に複雑化することになりそうです。
ファーウェイ逮捕に「政治介入はなかった」?
カナダのトルドー首相は、ファーウェイの孟CFOがバンクーバーで逮捕されたことについて、「政治介入はなかった」としています。
しかし、逮捕自体が米国の指示に基づくものであり、すべてはトランプ政権の指示です。相当の思惑が入りこんでいます。
今回の孟氏の逮捕で、米国は有力な「交渉カード」を手にしたことだけは確かです。
ファーウェイがZTEの二の舞いに
米国は、表向きは貿易協議と今回の事件を切り離し、安全保障上の懸念から中国通信機器大手への監視を続けるというでしょう。しかし、中国つぶしを政権の最重要政策課題としています。今後、ファーウェイもZTEのように、相当厳しい仕打ちを受けるでしょう。
米国は今年4月に、ZTEに制裁を発動しました。現在は解除されていますが、ZTEは収益が大きく落ち込み、さらに米国に巨額の罰金を支払わされました。
一企業をつぶすことなど、米国には簡単なことです。重要なことは、生かさず殺さず、中国が疲弊していくことが肝要です。
今回の事件は、孟氏の容疑がZTEと同様に、対イラン禁輸措置絡みです。これが、米国が明確にしていた政策ですので、中国サイドも文句が言えません。
いずれ、ファーウェイも制裁の対象となり、大変な金額の罰金を支払うなど、大きな負担を強いられることになるでしょう。
Next: ファーウェイ・ショックは日本にも波及。中国も本気で恐れ始めた…
ファーウェイ・ショックは日本にも波及
今回の事件がきわめて大きな問題になりつつある理由は、日本など別の国にも影響が及んでいることです。
米国は国内で中国通信機器の締め出しを図るとともに、日本を含む同盟国にファーウェイ製品の使用中止を要請しました。
これを受けて、日本政府は早速、ZTEとファーウェイの製品を使わないことを表明しました。さらに、日本の企業にも使用しないことを要請することにしました。
当初、日本政府は「民間企業に使用禁止を強制するわけにはいかない」としていましたが、米国の圧力は相当なものだったようです。すぐに前言撤回です。
とにかく、米国は安全保障や知的財産権保護を名目としたハイテク技術をめぐる覇権争いで負けるわけにはいきません。この技術は米国が常にリーダーだったわけです。この技術で中国に負けるということは、世界覇権を中国に譲ることを意味します。
このように、今回の事件の波紋は今後、さらに広がっていくことは必至です。
中国が米国を真に恐れ始めた…
中国外務省の耿爽・副報道局長は今回の孟氏の逮捕を「重大な人権侵害だ」と批判し、「拘束理由を明確にするよう求める」としました。しかし、対抗措置などには触れませんでした。これこそが、中国が米国を真に恐れ始めたことを意味します。
これまでは、貿易交渉で結論が出なかったとき、米国の制裁関税に対して、中国も報復関税を課してきました。しかし、いまはその力も余力もありません。このままいけば、中国が疲弊して、崩れていくことは不可避です。
その状況の中で、今回の事件が起きました。通商協議の期限を来年2月末に控える中、火種がくすぶり続けるのは確実です。これは大変なことになったものです。
カナダ当局に逮捕された孟CFOは、巨額の保証金を積んで、保釈されました。しかし、自宅から出ることができません。いずれ、米国への送還に関する裁判が開かれるでしょう。
スパイ行為がいずれ明らかになる
ファーウェイは制裁違反を否定してきましたが、これも難しいでしょう。それ以上に、これまでZTEやファーウェイが行ってきたスパイ行為がいずれ明らかになるでしょう。そうなると、両社とも経営を続けることはできなくなります。
米国はすでにその証拠をつかんでいます。米国の潜水艦の位置を中国が把握している、あるいは戦闘機の前に突然、中国機が飛び出してくる。
米国の軍事訓練のスケジュールを知っていないと、できないことばかりです。これで、米国が激怒し、調べてみるといろいろわかってきたわけです。
軍事技術が応用されたのが、今のインターネットであり、ハイテク技術です。これで米国が中国の遅れを取るわけにはいかないのです。ですので、中国をつぶすしかないわけです。
Next: ファーウェイ問題を政治利用するトランプ、焦った中国は失策に出る…
ファーウェイ問題を政治利用するトランプ
今回、米国はこの問題を徹底的にやるでしょう。
クドロー米国家経済会議(NEC)委員長は、孟氏の逮捕について「対中貿易協議には現時点で影響はないと思う」としています。ナバロ通商製造政策局長も、米中通商戦争の「休戦」と、孟氏の逮捕は関係がないとの見解を示しています。
そんなはずがないわけです。
ファーウェイは中国ハイテク産業政策の中核企業であり、さらに逮捕が1日の米中首脳会談当日だったため、トランプ政権が貿易協議を有利に進めるための交渉材料にするとの観測が浮上しています。
その観測通りです。いや、それ以上でしょう。今後、通商交渉も協議が難航することになるでしょう。よほど中国が譲歩しない限り、トランプ政権はますます中国への締め付けを厳しくするでしょう。
トランプ大統領は、表向きは「中国との交渉は順調に進んでいる」とのコメントしています。しかし、そんなことがあるはずもありません。期待していると、はしごを外されるだけです。
中国の矛先は「カナダ」へ
そして、中国は嫌がらせを米国に対してでなく、孟氏を逮捕したカナダに矛先を向けました。
有力シンクタンク「国際危機グループ(ICG)」は、中国など北東アジア担当のマイケル・コブリグ氏が中国で拘束されたとする声明を発表しました。コブリグ氏はカナダの元外交官として北京や香港での勤務経験があり、中国語が話せるといいます。
今回の事件との関係は不明とのことですが、直接的に関係があると考えるのが普通でしょう。中国も露骨な対応ですね。交渉下手とも言えます。
こんなことをすれば、米国を怒らせるだけですが、交渉の仕方をわかっていないと言わざるをえません。
中国の王毅国務委員兼外相は、「在外の中国人の正当な権益を侵害するいじめ行為を絶対に座視しない。全力で国民の合法的権利、世の道理と正義を守る」と異例のコメントを出しました。孟氏逮捕を念頭においた発言ですが、その一方でカナダ人を拘束する。とんでもないわけです。
中国外務省の陸慷報道局長は、「王外相が指摘したのは、孟晩舟氏の事件を含む中国政府の一貫した立場だ」と言明しています。
一方、王外相は講演で、米中関係について「社会制度や歴史・文化、発展水準が違う両大国は不一致が避けられず、一夜で問題解決できない」とし、「中米が対抗すれば勝者はなく、災いが全世界に及ぶ」とし、米国の歩み寄りを促しています。
ファーウェイ事件の根はさらに深い
しかし、今回の事件の根の深さはこんなものではすみません。
繰り返しですが、ファーウェイの孟氏の逮捕は、まさに今後本格化する米中貿易協議に大きな影響を与えるでしょう。
これまで指摘してきた、米国の中国潰しがいよいよ本格化するわけです。トランプ政権が対中政策を緩めることはありません。むしろ、ますます強化されていくでしょう。そして、不透明感はさらに強まっていくでしょう。
Next: 米国ハイテク企業にも大ダメージ。被害を被るのは日本か
米国の逆鱗に触れた中国
今回の事件は、米国のハイテク企業にも大きな悪影響が出ます。当然、収益が低下し、株価にも下げ圧力が強まります。
今回、米国がファーウェイ創業者の任正非氏の娘で、後継者と目されてきた孟氏の身柄を押さえることができれば、米国は有力な「交渉カード」を手にすることになり、協議を優位に進めることができます。
しかし、中国のカナダ人の拘束は、米国を怒らせてしまいました。
米国の圧力が本物であることを恐怖心を抱いたのか、中国は習近平国家主席肝煎りの産業政策である「中国製造2025」戦略推進の手綱を緩めつつあるようです。
15年に発表された中国製造2025戦略は、ロボット工学、航空宇宙、新エネルギー車などの重点分野の競争力を引き上げ、50年までに世界的なスーパーパワーになる目標達成に向けた中核的な戦略です。
この戦略に基づき、中国政府は技術獲得を目的にあからさまな助成を行ってきました。これに対して、欧米は警戒感を抱いてきたわけです。
これまで中国国務院は16年の地方政府に対するガイダンスで、中国製造2025戦略を推進した地方政府を優先的に支援すると明記していまし。しかし今回、新たなガイダンスからは、この戦略に関する文言が削除されたということです。
これ以上、積極的にこの戦略を推し進めると、米国にさらに圧力をかけられ、中国の中核企業が疲弊して、国力が損なわれると考えたのでしょう。
いずれにしても、今回の孟氏逮捕をきっかけに、「米中ハイテク戦争」はさらに厳しいものになっていきます。そして、中国は極端に疲弊していくでしょう。これまで米国ににらまれた国の経済はすべて疲弊させられています。
これを最も懸念しているのは、ほかでもない同盟国の日本です。
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- 「ファーウェイ事件」で米国の本気度を理解する(12/14)
本記事は『江守哲の「ニュースの哲人」〜日本で報道されない本当の国際情勢と次のシナリオ』2018年12月14日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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『江守哲の「ニュースの哲人」〜日本で報道されない本当の国際情勢と次のシナリオ』(2018年12月14日号)より一部抜粋
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