混乱の渦にあるベネズエラは、米中ロの覇権争いからシリア化する可能性さえ出てきた。なぜトランプ政権は執拗に手出しするのか、その裏側が見えてきたので解説する。(『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2019年2月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
「中国の拡大阻止」「ロシア軍基地の建設阻止」だけじゃなかった
ベネズエラがシリア化する可能性
今回でベネズエラに関する記事は3回目になるが、これからかなりの混乱になり、下手をするとシリア化する可能性も否定できないので、今回もベネズエラ情勢について書くことにした。日本ではまったく報道されていない内容なので、重要ではないかと思う。
ベネズエラの混迷が一層深まっている。2月16日、米トランプ政権はベネズエラ国民に支援物資を届けるため、隣国コロンビアに初めて軍用機を送った。支援物資には、石けんや歯ブラシ、栄養食品が含まれている。
暫定大統領就任を宣言した野党指導者フアン・グアイド国会議長は16日、米国による人道支援物資搬入を手伝うために数十万人規模のボランティアを来週動員すると発表した。20日現在ですでに70万人を越えるボランティアが集まっている。
一方、トランプ米大統領は18日、ベネズエラのマドゥロ大統領を依然として支持する軍の関係者に対し、自身の将来や命を危険にさらしていると警告し、人道支援物資を受け入れるよう求めた。
トランプ氏はベネズエラやキューバからの移民らを前に演説し、ベネズエラ軍に対し、マドゥロ大統領を支持し続ければ「避難先を見つけられなくなくなり、容易に抜け出すことはできず、逃げ場はなくなる。全てを失う」と警告した。トランプ政権は5,000名規模の米軍部隊をコロンビアに展開する用意があるとしている。
このようにいまベネズエラは、軍の支持があるマドゥロ政権と、同大統領の退陣を迫るトランプ政権が対立し、武力衝突も否定できない一触即発の危険な状態になりつつある。
ロシア軍基地の建設と中国の進出
ベネズエラの人道危機を口実として、トランプ政権は軍の介入までちらつかせながら、ベネズエラ情勢への関与を強めつつある。
もしマドゥロ大統領があくまで退陣を拒否し、またベネズエラ軍のマドゥロ支持が揺るがなければ、同政権を崩壊させるためにアメリカが軍事介入するという事態も想定されないわけではない。
前の2回の当メルマガ記事では、トランプ政権がベネズエラへの関与を深める理由として、
- カリブ海のベネズエラ領、ラ・オルチラ島のロシア軍基地の建設阻止
- 中南米に進出する中国の拡大阻止
という2つの理由があるとしてきた。それを詳しく解説してきた。
しかしながら、最近になって複数の信頼できるジャーナリストの調査から、さらに重要な理由が明らかになった。もちろん先の2つの理由はトランプ政権のベネズエラ関与の重要な理由であることは間違いないものの、これとは異なるさらなる背景がある。
Next: トランプ政権がベネズエラに手出しする「重要な理由」とは?
ガイアナ沖の巨大油田の存在
それは、ベネズエラとガイアナ、そしてブラジル沖にまたがって存在する「グアヤナ・エセキバ」にある油田地帯の存在である。
すでに1980年代の始めから、この地域に豊かな油田が存在する可能性が高いことは知られていた。このため、ベネズエラとガイアナの間にこの油田の領有権をめぐる争いが発生し、1983年の両国の協定によって一応の妥協が成立した。それは、領有権の争いが平和的に解決されるまで、今後12年間は掘削を凍結するという内容だった。
一方、この協定の有効期限が失効してしばらくたった2011年に、ガイアナ政府は同国の排他的経済水域を150マイルほど拡大する許可を国連に申請した。これは、ベネズエラと領有権を争っていた「グアヤナ・エセキバ」の油田地帯がある大陸棚を、ガイアナの排他的経済水域に組み込むための処置であった。そしてガイアナ政府は領有権の問題はすでに解決したと一方的に宣言し、国連の認可を待つことなく2015年に「グアヤナ・エセキバ」の油田地帯の試験的な掘削を行った。
興味深いことに掘削は、「中国海洋石油集団(CNOOC)」と契約した「エクソン・モービル」が行っている。ちなみに「中国海洋石油集団」は、ベネズエラの国営石油会社、「PDVSA」の最大の支援者のひとつでもある。
この掘削の結果は驚くべきものだった。推定埋蔵量は50億バーレルで、原油の品質も最高レベルのものであることが分かった。普通、試験的な掘削の成功率は35%程度だが、「グアヤナ・エセキバ」では85%と、掘削したほとんどの海域で原油の産出に成功した。もしガイアナが「グアヤナ・エセキバ」の油田地帯の領有権を獲得すると、同国は中南米で4番目の規模の産油国になる。これはガイアナのような小国の経済にとっては、革命的な転換になる。
もちろんガイアナ政府のこうした一方的な動きに対して、「グアヤナ・エセキバ」の油田地帯の領有権を主張しているベネズエラのマドゥロ政権は強く抗議した。この結果、2018年1月、問題の解決を付託された国連事務総長は、この件をハーグの「国際司法裁判所」の審議にゆだねることになった。
中国の「一帯一路」の中継地、ガイアナ
ところでガイアナだが、ここは中国の拡大する経済圏「一帯一路」に中継地として組み込まれたといってもよい国だ。中国は、ブラジル北部の州都、マナウスからガイアナに向かう高速道路、「ルンデンーレセム・ロードリンク(Linden-Lethem road link)」を整備した。この結果、ガイアナを経由するブラジルからパナマ運河への陸路が整備され、パナマ運河への直接のアクセスが可能になった。
そして2016年には、中国国営のランドブリッジ・グループ(嵐橋集団)が、パナマ最大の港であるマルガリータ島港の管理権を99年間にわたって租借するという契約に署名した。この港では、パナマ運河の大西洋側の物流が処理されている。ここが、中南米における「一帯一路」の一大物流拠点になる。また中国の国営企業各社は、パナマ運河周辺の約1200ヘクタールに及ぶ土地の開発にも目を向けている。
中国のこのような計画により、ガイアナ、ブラジル、パナマはガイアナを中継地として、中国の「一帯一路」経済圏に一体的に組み込まれつつある。
Next: 高品質の「グアヤナ・エセキバ」油田と、その支配を狙うトランプ政権
高品質の「グアヤナ・エセキバ」油田と沈黙するマドゥロ大統領
このようなガイアナだが、この国が領有権を主張している「グアヤナ・エセキバ」の原油の品質は極めて高い。サウジアラビアの高品質原油に匹敵する水準だ。これは、軽油で希釈しないと輸送ができない「超重質原油」という最低品質の原油しか産出できないベネズエラの「オリノコ油田」とは大違いだ。
したがって、国家予算の大部分を原油の輸出に依存するベネズエラにとって、「グアヤナ・エセキバ」の油田地帯の領有権を取得することは、今後の国家の運営を左右する大きな問題であることは間違いない。その意味では、マドゥロ政権はガイアナに「グアヤナ・エセキバ」の油田地帯の領有権を引き渡すように強い圧力をかけたとしてもおかしくない。
しかし、マドゥロ政権はガイアナに一応抗議はするものの、強い要求は差し控えている。それというのも、ガイアナを「一帯一路」の経済圏に組み込んだ中国は、同時にベネズエラの最大の支援国でもあるからだ。中国に気兼ねして、ガイアナには強く圧力はかけられない状態にある。
他方中国は、ベネズエラの「オリノコ油田」とガイアナの「グアヤナ・エセキバ」油田地帯の両方を実質的に支配することを狙っている。これが、ベネズエラを支援しながら、「グアヤナ・エセキバ」では同国と対立関係にあるガイアナも支援している中国の意図であろう。
「グアヤナ・エセキバ」油田地帯の支配を狙うトランプ政権
さて、このように見ると、トランプ政権が軍事的な関与をちらつかせてまでも、なぜベネズエラの政変にかかわるのか、そのもうひとつの大きな理由がはっきりと見えてくる。
それはやはり、世界トップレベルの品質を持つ「グアヤナ・エセキバ」の油田地帯を実質的にコントロールすることだろう。
中国とロシアに近いマドゥロ政権を崩壊させ、親米のグアイド政権を樹立させた後、ガイアナに強い圧力をかけて、ベネズエラが「グアヤナ・エセキバ」油田地帯の領有権を奪い取ることなのではないだろうか?
さらに、ベネズエラに親米政権を成立させることで、ガイアナから中国の影響力を排除できる可能性が高まるに違いない。
ロシア軍基地建設の阻止や中国の中南米進出の阻止とともに、「グアヤナ・エセキバ」油田地帯の支配もトランプ政権がベネズエラの政変に関与を強める理由になっている可能性は極めて高い。
Next: 「シリアの悪夢」再び? 米ロ中の代理戦争が勃発か
シリアのデジャブ
いまベネズエラの石油産業には、先の「中国海洋石油集団」のほか、同じ中国の「中国石油天然ガス集団」、そしてロシアの最大手の石油会社、「ロスネフチ」、フランスの「トタル」、ノールウエーの「エクイノール」、そしてアメリカの「シェブロン」など、世界の大手の石油会社が関与している。
これを見ると、「オリノコ油田」、ならびに高品質の原油を産出するガイアナの「グアヤナ・エセキバ」油田地帯の支配をめぐって、壮絶な争いが展開しているのが分かる。もちろんこの中心にあるのは、アメリカと中国、そしてロシアとの覇権争いである。
このように、争いの中心がエネルギーの支配に関することであれば、どの国も妥協することはあり得ない。軍事的な関与の可能性もにらみながら、非常に緊張した状態になるのが普通だ。
いまベネズエラで展開しているこのような状況を見ると、ある既視感を覚える。それはシリア内戦である。
当メルマガでも何度か取り上げたが、シリア内戦とはヨーロッパに向けての天然ガスの供給を巡る覇権争いである。いまパリ協定の締結などが後押しとなり、地球温暖化ガスを大量に発生する火力発電から、温暖化ガスの発生量がはるかに少ないガス発電へと急速に移行しつつある。
そのようななか、ロシア産天然ガスへの依存度の高いヨーロッパでは、安全保障上の理由からロシアへの依存度を減らし、ガスの供給先を多様化する動機が存在した。
そうした状況で2つのパイプラインが競合することとなった。ひとつはカタール産の天然ガスをサウジアラビアとシリアを経由し、トルコからヨーロッパに輸送するアメリカのパイプライン案だ。そしてもうひとつは、イラン産の天然ガスをイラクとシリアを経由し、海底からギリシャにガスを輸送するロシア案である。このパイプラインはロシアのコントロール下にあるため、これでロシアはヨーロッパへの天然ガス供給の支配を強化することができる。
2009年、発足間もないアメリカのオバマ政権は、中継地となっているシリアのアサド政権に働きかけ、アメリカのパイプライン案を受け入れるように提案した。だがロシアの同盟国であるアサド政権は、これを拒否した。一方、翌年の2010年、ロシアはイラン産ガスをヨーロッパに輸送するパイプライン案をアサド政権に提示した。アサド政権はこれを受け入れ、2011年には建設が始まった。「フレンドシップパイプライン」である。
そして、この建設が始まった同じ年、シリア内戦が始まった。この内戦は民主化要求運動の拡大から始まったのではなく、外部から入ってきた反政府勢力によって仕掛けられたものであることはいまは証明されている。アメリカとNATOは、ISなどの原理主義勢力を支援してアサド政権を打倒し、自らのパイプライン案を実現しようとした。これがシリア内戦の実態である。
アメリカの思惑通りには行かなかった
だが、アメリカの思うようには進まなかった。
ロシアとイラン、そしてイランに支援されたレバノンの原理主義組織、ヒズボラなどの支援を受け、アサド政権は存続した。反政府勢力のISは、シリアでは実質的に壊滅した。これでロシアとイランがシリアをコントロールすることになったので、ロシアのパイプライン案が実現する見込みが高くなっている。
シリアのこのような状況と、いまのベネズエラをめぐる情勢を比較すると、両者がよく似ていることが分かる。
シリアでは天然ガスのパイプラインの付設とEU諸国のエネルギー支配をめぐるロシアと欧米の争いであったのに対し、ベネズエラはロシアと中国の軍事力の拡大、及び油田の支配をめぐる争いである。どちらも米中ロによる覇権争いの一環である。
シリアではまだ情勢が不安定ではあるものの、アサド政権の存続は規定事実となり、シリア北部に展開しているアメリカ軍も撤退する方向に動いている。今後シリアは、ロシアとイランの影響下に入ることは間違いない。
Next: 新たな代理戦争が勃発か?
新たな代理戦争か?
一方、ベネズエラでは、これから熾烈な覇権争いが起ころうとしている。中国にしろ、ロシアにしろ、ベネズエラに親米政権ができるのを黙って見てはいないだろう。
もしトランプ政権が、いまのマドゥロ政権の排除を軍事力を使ってでも進める方向に動くならば、ロシアと中国はどう出てくるだろうか?
ロシアがシリアで行ったように軍事力で直接介入することはないにしても、マドゥロ政権が簡単に崩壊しないように軍事的に支援するのかもしれない。そうなるとそれは、新たな代理戦争の始まりだろう。
とにかく、大きな変動はこれからはじまる。マドゥロ政権があっけなく崩壊し、とことん親米のグアイド政権が誕生する可能性も当然あるが、覇権とエネルギーの支配が焦点になっているだけに、反対に泥沼の代理戦争が始まる可能性だって完全には否定しきれない状況だ。
今月末までには、どのような方向に進むのか見えてくるはずだ。悲惨な方向に発展しないことを真に願わずにいられない。
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