米中貿易戦争が激化しているが、これはトランプ大統領就任直後に出された「政策提言書」を読めば予見できたことだ。そして今年発表の提言書から次の標的はロシアであることがわかる。(『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2019年6月7日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
2016年の政策提言書に中国叩きが書かれていた。2019年版では…
中国の最終兵器「レアアース関税」発動か
いま米中の貿易戦争に注目が集まっている。
昨年の7月にトランプ政権が340億ドル相当の電子部品や産業機械、そして医療機器におもむろに適用した25%の高関税を第1弾として、すでに第3弾までの高関税の導入を決定している。
さらに今年の5月10日には、第3弾で家電や家具に適用した10%の関税を25%に引き上げる新たな処置も発動している。いま7月に、まだ適用を免れている残りの3,250億ドル相当の中国製製品に、25%の高関税を課す第4弾が発動されるのかどうかに注目が集まっている。
一方、中国もこれに対抗し、米国向け輸出の19%に相当する製品に、10%から25%の高関税を順次適用した。関税の適用の中心になるのは農産物で、2期目を狙うトランプ大統領の支持基盤である農業生産者を脅かす戦略だ。
さらに、アメリカの供給の80%以上が依存する中国産レアアースの輸出に高関税を課すカードを中国が切る可能性すらささやかれている。
ファーウェイ排除に激怒する中国、アップル製品を締め出す可能性も
そうしたなか、中国のハイテク覇権を恐れたトランプ政権によるファーウェイ排除も一段と進んでいる。グーグルはファーウェイからアンドロイドのライセンスの権利を剥奪し、サポートを強制終了することを発表した。これでファーウェイの製品は、アンドロイドのOSをもはや使えなくなる。
こうした処置に激怒した中国は、6月2日、白書「中米貿易交渉に関する中国の立場」を出した。この白書では貿易戦争の原因はトランプ政権にあると非難するとともに、「中国は決して退かない」としている。
中国は報復として、中国市場からアップルを全面的に排除するのではないかという億則も出ている。
このような貿易戦争の余波により、米中間の投資と貿易は大きく落ち込んでいる。WTO(世界貿易機関)の試算では、2019年の成長率は3.7%から2.6%まで減速すると見ている。
これを回避するためには、米中の交渉でなんらかの大きな妥協が成立する必要があるが、6月28日の大阪で開催されるG20のサミット以降これが実現できるかどうかが、いま焦点になっている。
アメリカの政策文書からわかる今後の動き
いまこのように、中国を中心としたあらゆる分野の製造業のサプライチェーンがトランプ政権の仕掛けた貿易戦争で切り裂かれ、世界経済の今後に暗い陰を落としている。
貿易戦争はトランプ政権が大統領就任から1年半経った2018年7月にいきなり発動したものだが、これがここまでひどい戦争になるとは誰も予想していなかった。
この米中対立の背景には、5Gを中心とした第4次産業革命を主導するテクノロジーの覇権が中国に握られ、将来的にはアメリカの軍事的、経済的、政治的覇権が脅かされることになるというトランプ政権の恐怖感があることは間違いない。
アメリカの世界覇権を今後も継続して維持するためには、「中国製造2025」の国家プロジェクトを立ち上げ、急速に発展する中国を抑えるために、いまのうちに中国を経済的に叩いておかねばならないという判断だ。
しかし、トランプ政権が中国に対してこのような強硬な排除政策の出ることは、トランプが大統領選に勝利した直後の2016年12月、さらに政権発足間もない2017年には十分に予想できることであった。
それというのも、2016年12月からトランプ政権の外交政策に大きな影響力のある複数のシンクタンクから、政策提言書が提出されていたからだ。そうした文書を丹念に読むと、トランプ政権の今後の動きが見えてくるのである。
Next: 2016年末時点で「中国たたき」を提言。トランプはかなり焦っている
中国の拡大を警戒する提言書
当メルマガではそうした提言書を紹介してきたが、一連の報告書の流れを改めて見て見よう。
・「未来の鋳型(Future Foundry)」
トランプが大統領選に勝利した直後の2016年12月に国防省系のシンクタンク、「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」が出した報告書。アメリカの安全保障のためには、国防産業にAIなどの最先端の技術を導入し、兵器のシステムを高度化しないと覇権の維持は難しくなるとした警告書。
・「商用資源要約:2017(Mineral Commodity Summaroes 2017)」
「アメリカ地質調査所」が公表した重要資源の海外依存度を調査した報告書。2017年1月に公開。レアアースの80%以上が中国からの輸出に依存していることを明らかにし、警告した。
・「最重要の資源やエネルギー、環境の確実で安定的な供給戦略に関する大統領令(Presidential Executive Order on a Federal Strategy to Ensure Secure and Reliable Supplies of Critical Minerals Energy & Environment )」
これは「大統領令13817号」として知られている。2017年12月、先の「米地質調査所(USGS)」の調査を受けて、トランプ大統領はレアアースやレアメタルの供給の外国依存度を減らす戦略を立案するように、すべての政府機関に命じた。
・「合衆国の国防産業と製造業におけるサプライチェーンの弾力性調査とその強化に向けての報告書(Assessing and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain Resiliency of the United States)」
トランプ大統領が2017年9月に出した「大統領令13806号」への回答の報告書。これはアメリカの国防産業の実態の調査を命じた大統領令だ。この報告書では、アメリカの製造業の衰退とともに国防産業の基盤も弱体化し、ハイテク兵器の部品生産の多くが中国のサプライチェーンに依存していることを明らかにした。中国依存の危険性を訴え、国防産業の早急な立て直しを主張。
・「共同防衛に備えて(Providing for the Common Defense)」
米議会の「国防戦略委員会」が2018年11月にトランプ政権に提出した報告書。内容は上記のものと同じく、国防産業の弱体化の実態を警告し、ロシアと中国の軍事力の高度化と拡大に警鐘を鳴らした。
米国はかなり焦っている
もちろん、これらは代表的な大統領令と報告書だが、これ以外にも重要なものはたくさん公開されている。
そうした調査を読むと、トランプ政権の中国の拡大に対する警戒心があらわになっており、アメリカ主導の国際秩序をこれからも継続して維持するためには、なんとしてでも中国の躍進を阻止しなければならないという焦りが強く滲み出ている。
したがってこうした一連の報告書を読むと、トランプ政権が中国の発展を抑止するための強行策に出てくることは、2017年には読み取ることができた。シンクタンクやホワイトハウス、また米議会が出す報告書は、トランプ政権の向かう方向を見るためには、非常に重要である。
Next: 2019年発表の提言書はどうなっている?見えてくる今後の動き
最近の報告書
では、2019年になってから発表された最近の報告書はどうなのだろうか?
実は、安全保障上の大きな脅威として名指しされる国が、中国からロシアに移動しているのが分かる。もちろん、ロシアによるクリミア併合が行われた2014年以降、米政府に近いシンクタンクが出す報告書ではロシア脅威論と抑止論が基本的な基調であった。それには一貫して変化がない。ただ、トランプ政権の発足後、アメリカの安全保障上の脅威として全面に出てきたのが中国であり、ロシアの脅威論は比較的に背景に退いていた。
それが2019年になると、この基調に変化が見られる。中国以上に抑止し、徹底して排除する対象としてロシアが急速に浮上しつつあるのだ。
米シンクタンク「ランド研究所」の最新報告
そうした報告書は多いが、今回はその代表的なものを紹介する。それは、「ランド研究所」が最近出した報告書である。
ちなみに「ランド研究所」とは、1946年にアメリカ陸軍航空軍が、第二次世界大戦後の軍の戦略立案と研究を目的として設立した組織である。設立当初は航空機産業の大手、ダグラス社がパトロンであったが、その後、ダグラス社から分離し、独立の組織になった。そして、軍事関連の戦略研究から民生分野の公共政策・経済予測や分析、様々なコンサルティングへと分野を拡げた。
しかしいまも国防総省が最大のクライアントであり、研究の半数以上が安全保障関連である。軍事戦略の研究機関としての性格が極めて強いシンクタンクだ。
その報告書は国防総省やホワイトハウスの外交政策に強い影響力を持つと見て間違いないだろう。何人もの研究員がホワイトハウス、国務省、国防総省の高官となっており、冷戦期と冷戦後のアメリカの軍事戦略を立案したもっとも影響力のあるシンクタンクとも言われている。
そうした「ランド研究所」だが、4月24日に「ロシアを拡張させ、不安定化させる(Overextending and Unbalancing Russia)」という報告書を発表した。主筆は国務省の欧州担当副長官であったジェームス・ドビンズだ。
Next: ロシアのエネルギー産業を弱体化せよ?トランプはどう動くのか
報告書の結論:ロシアのエネルギー産業の弱体化
まず報告書は、ロシアの脅威を抑止しなければならないが、その目標を実現するためには、ロシアと軍事的に対抗するのは得策ではないとしている。ロシアの強みは軍事力と情報戦にあるので、この分野でアメリカが対抗すると、アメリカも大きなコストの負担を覚悟せねばならず、むしろアメリカのほうが音を上げる可能性が大きいとしている。
これを避けるためには、軍事的に対抗するのではなく、ロシアの財政を拡大させ、経済的に破綻させる戦略がもっとも有効だとしている。
ロシアにコスト負担を強いる方策を、以下の6分野で考察。
1)経済分野
2)地政学の分野
3)イデオロギーと情報の分野
4)航空と宇宙の分野
5)海洋の分野
6)陸上の分野
このなかでアメリカの負担がもっとも少なく、ロシアには最大の負担を強いることになるのが、ロシアがもっとも弱い(1)の経済分野だとしている。
そして特に、ロシア経済の依存度が際立って高い原油や天然ガスなどのエネルギーの分野でロシアを締め上げるのが、アメリカの負担がもっとも小さい効果的な方法だとしている。
そして、ロシアのエネルギー産業にとっての最大の市場はヨーロッパなので、アメリカがシェール・オイルやシェール・ガスなどのヨーロッパ輸出を拡大させ、ロシアの経済的弱体化を狙うべきだと主張する。
ヨーロッパのエネルギー覇権の戦い
これが今回の報告書の内容である。いまのロシアはヨーロッパのエネルギー覇権を確立するために新しいパイプライン網の付設に余念がないが、これを阻止したいトランプ政権との間で緊張が続いている。
しかし、今回の「ランド研究所」の報告書を見ると、これからはトランプ政権による、ヨーロッパのエネルギー市場からロシアを徹底して排除する動きがいきなり始まる可能性を暗示している。
ちなみに、以下がロシアはいま建設中のヨーロッパに向かう天然ガスのパイプライン計画だ。
1)ノルド・ストリーム
バルト海底を経由してロシア・ドイツ間をつないだ天然ガスのパイプライン。2011年11月に稼働を開始している。いま、ロシア国営企業、「ガスプロム」とドイツ、フランスなどの企業が出資する新たなパイプライン「ノルド・ストリーム2」が、2019年の完工を目指している。
2)ターキッシュ・ストリーム
ロシア南部クラスノダール地方から黒海海底を通りトルコ・イスタンブール近郊まで到達する天然ガス・パイプライン計画。2018年に建設を開始し、19年に運用開始予定。トルコを通過し、さらにギリシャへ抜ける構想だ。その後、ギリシャを経由してヨーロッパの他の地域に天然ガスを供給する。
3)フレンドシップ・パイプライン
イランの天然ガスをシリア、イラク、レバノンを通って地中海からヨーロッパへと運ぶ1500キロのパイプライン計画。2011年に建設が始まったものの、シリア内戦で中断している。アサド政権の存続が決定しているので、情勢が落ち着き次第、建設が始まるかもしれない。
Next: ロシアと欧州のパイプラインを絶対阻止?次に向けて中国とは休戦か
対抗するアメリカ
このような、ロシアによるヨーロッパへの天然ガスの供給を強化するパイプライン計画に対抗して、トランプ政権は次の計画を立ち上げた。
1)東地中海パイプライン
イスラエルのハイファ沖で発見された巨大な天然ガス田のガスを、キプロス、ギリシャ、イタリアを経由して北西ヨーロッパにまで輸送する計画。アメリカの同盟国がヨーロッパへの天然ガス供給を担い、アメリカの企業がパイプラインを建設する。
2)シェール・ガス輸出計画
ポーランドに専用の施設を建設し、タンカーで米国産のシェール・ガスを輸出する計画、タンカーが接岸できる施設はすでにポーランドに完成しており、2017年6月には最初のシェール・ガスが輸出された。トランプ政権は輸出を増加させる見込み。
ロシアとヨーロッパのパイプラインの阻止
これがいまの状況だ。もし今回紹介した「ランド研究所」の報告書の内容がすでにトランプ政権の対ロシア政策として採用されているなら、ロシア主導のこうしたパイプラインの建設を強力に阻止する動きに出てくる可能性は十分にある。
すでにトランプ政権は、ドイツがロシアと協力して建設している「ノードストローム2」の計画に強い不快感を表明し、これからドイツに対する制裁の発動をちらつかせている。これから制裁法案の内容が発表されるようだ。
だが、これがロシアのヨーロッパに対するエネルギー供給を阻止する最初のステップだ。その後、中国に対する制裁がそうであったように、いきなり予想を越えた過激な制裁をドイツに課す可能性は否定できないだろう。目標を達成するためには、あらゆる問題をリンクして相手を追い詰めるトランプの交渉方法から見ると、ドイツの自動車に対する高関税の付加をちらつかせ、「ノードストローム2」からの撤退を迫る可能性すらある。
そしてロシアに対しては、ドイツ以上にあからさまな対決姿勢をあらわにして、ロシアとの緊張が高まることになるのではないかと思う。
7月以降に中国と妥協する可能性は?
このように焦点がロシアに移動するにつれ、もしかしたら中国とはある程度の妥協が成立し、米中貿易戦争は一時的に休戦する可能性があるかもしれない。
もちろん、米中の対立は国際秩序の主導権を巡る覇権争いなので、簡単に解決することはない。今後も継続する。だが、一時的な休戦はあり得るだろう。予想のつかないトランプなので、突然と態度を変える可能性は考慮しておいたほうがよいかもしれない。
この理由は記事を改めて書きたいが、これから緊張の焦点は次第に中国からロシアに移るのかもしれない。少なくともそうした可能性はあるのではないかと思う。やはり目が話せない。
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