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リブラ創設に危機感を持っていた中国に神風、中央銀行デジタル通貨の発行は来年以降に=田代尚機

フェイスブックが主導するデジタル通貨「リブラ」は、アメリカ議会から批判を受けている。これはリブラ創設に強い危機感を持っていた中国には神風でもあった。(『中国株投資レッスン』田代尚機)

マクロではなく、ミクロやイノベーション力に注目を

リブラがアメリカ議会から厳しい批判

フェイスブックが主導するデジタル通貨「リブラ」は、アメリカ議会から厳しい批判を受けている。

フェイスブックは6月18日、突如、デジタル通貨「リブラ」を発行すると発表した。その目的は、使い勝手の良いグローバル通貨を生み出し、育てることであり、そのために数十億人規模でサービスを提供できる金融インフラ設備を建設すると説明した。

リブラの特徴をまとめると以下の3点である。

1.安全で拡張可能、信頼できるブロックチェーン技術を基礎とする
2.内在的価値のある資産準備を裏付けとする
3.独立したリブラ協会を設立し、そこがリブラのガバナンスを行う

1.について、資金力のあるフェイスブックが最新のブロックチェーン技術を開発・利用するので、安全性、拡張性、信頼性の高いデジタル通貨ができそうだ。

2.について、一般にデジタル通貨は「価値の裏付け」がないために、価格変動が大きい。その弱点を補うために、金(ゴールド)やその他の資産、通貨のバスケットを裏付けにするようだ。

3.について、リブラ協会は金融生態システムを発展させることを目的とし、各国の企業、非営利組織、多様な組織・学術機関などから構成される。共同で協会が定める規則に責任を持つことになる。つまり、リブラを発行、ガバナンスを行うのは、フェイスブックではなく、リブラ協会である。

最初の発表では、マスターカード、ペイパル、ビザ、ブッキングホールディングス、eベイ、フェイスブック/カリブラ、リフト、ユーバー、ボーダフォングループなど28社が参加するとされたが、その後、世界中から厳しい批判が相次いだこともあり、ビザ、マスターカード、イーベイ、ペイパルなど7社が参加を見合わせることになったが、それでも、顧客獲得や用途開発で強力な推進役となりそうな21社が残っている。

フェイスブックは全世界で広く使われており、その会員数(Monthly active users)は2019年6月末時点で24億1,000万人に及ぶ。もし、リブラが何の制約もなく、自由に発行されるようなことになれば、内外の様々な取引の決済通貨として、短期間でグローバルに利用が急拡大することになるだろう…。

Next: リブラ創設となったとき、困るのはアメリカだけではない



アメリカがリブラを認めないのは、中国にとっての神風に

ザッカーバーグCEOは10月23日、アメリカ下院金融委員会の公聴会に出席、約6時間にわたり、50人近い議員の質問に答えたが、マネーロンダリングや、テロ、犯罪の資金供給手段になりかねないといった批判が相次いだ。

議会の同意なしにサービスを開始することなど、できるはずがない。2020年前半のサービス開始を目指していたが、到底間に合いそうにない状況だ。

ザッカーバーグCEOは、中国人民銀行が人民元デジタル通貨発行に向けて急ピッチで作業を進めていることに対して、「アメリカがイノベーションを主導しなければ、金融におけるリーダーの地位が危ぶまれる」と指摘している。

もっとも、アメリカ議会をはじめ各国の金融当局が「リブラ」に強い警戒心を抱くのは当然である。「リブラ」の創設は、国際通貨を民間企業が発行しようとしているようなものである。ザッカーバーグCEOは、「素早く動き、破壊せよ」を信条としているそうで、野心的で、攻撃的な性格である。これでは、議員たちは、「フェイスブックがイノベーションを主導して、金融界のリーダーになろうとしている」と感じても無理はない。

結局、アメリカは「リブラ」の創設を簡単には認められないでいるが、そのことは、「リブラ」創設に強い危機感を持っていた中国にとっては神風である。

中国金融当局は長年、資金の違法流出に悩まされ続けている。

アジア通貨危機の教訓があるので、金融当局は資金の流出入を管理することが如何に大切かということを熟知している。だからこそ、未だに為替取引をオンショア、オフショアにはっきりと分離したうえで、オンショア取引については外貨管理センターに集中させ、中国人民銀行がその大枠を管理するといった体制を堅持している。

内外のアービトラージができない状態を保ちつつ、オンショアにおいては主管部門の立場を利用して市場参加者に対して目立たない形で影響力を行使しつつ、オフショアにおいては自らが市場参加者として介入するなど、市場操作の仕組みを設けている。

制度によって、資金の流出入を厳しく制限している。だから、管理の行き届きやすい銀行については、資金の流出入はそれほど重大な問題とはない。

しかし、現金(M0:紙幣、硬貨など)を海外に持ち出したり、それを持ち込んだりする形での違法な取引については管理が難しい。内外金利差が拡大したり、金融当局の為替誘導があからさまであったりした場合には、管理しきれない人民元の流出入が生じてしまう。

2015年8月11日の対米ドル為替レート基準値の切り下げや、その後の人民元安誘導では、予想外の資金流出が起き、それを制御できない状態が長く続くことになった。当局としては、為替市場の安定を確保するために、こうした資金流出を排除することが重要な政策課題となっていた。

Next: 中国は資金流出を排除する対策として、デジタル通貨の研究を進めていた



リブラが実現すれば、中国人のグローバルな運用で中国資金は流出へ

その解決策の一つが、人民元デジタル通貨の発行である。

金融当局はこうした問題意識があるため、2014年から人民元デジタル通貨の研究を進めてきた。フェイスブックは人民元デジタル通貨を強く意識しているが、中国側も同じくリブラに強い危機感を感じている。

違法な取引を行う者が後を絶たず、そのことが人民元流出に繋がっているが、リブラが発行され、中央銀行の管理の外でそれが運用され始めたら、中国の金融システムは崩壊する。利に聡く、投機を好む中国人は、リブラを使い、グローバルで資金を運用し始めるだろう。そうなれば、現在の閉鎖的な金融システムを維持することは不可能となる。中国人の手で、中国金融市場は崩壊させられかねないのである。

中国人民銀行(中央銀行)は8月2日、2019年下半期の活動に関する電話会議において、法定デジタル通貨に関する研究開発の速度を加速させると発表した。中国人民銀行支付結算司の穆長春副司長は8月10日、国内の金融フォーラムで、“中央銀行デジタル通貨の研究は既に5年に及ぶ。発行はすぐに現実のものとなるだろう”などと発言している。その後、リブラへの国際金融市場の批判的な姿勢が確認されるにつれて、中国側の慌てた態度は落ち着き始めており、その後の要人発言などから、発行は来年以降となりそうな状況である。

デジタル通貨の流出入を制限するためには、外国政府はインターネットを遮断しなければならないが、そんなことは今更できない。自由人が、勝手にデジタル通貨で支払ったり、受け取ったりすることを、外国政府が法律で禁止したり、実際に強制力を以て排除するのは難しい。

世界の中央銀行はリブラ発行を阻止することに必死であるが、中国が自国の通貨をデジタル化することを制限するのは難しい。各国がデジタル通貨の発行を急がなければ、グローバルな金融決済通貨がドルから人民元へと劇的に変わってしまう可能性すらある。

もっとも、中央銀行が通貨をすべてデジタル化することは、現状の技術水準では到底不可能である。中国においても、通貨のデジタル化は比較的ゆっくりとしたペースで進むことになるはずだ。

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image by : Ascannio / Shutterstock.com

中国株投資レッスン』(2019年11月1日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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