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いつ日本のスマホ決済は中国に追いつくのか?アリペイに学ぶ「爆発的普及」の条件=牧野武文

なぜ中国ではアリペイ・WeChatペイの2つのスマホ決済が爆発的に普及したのでしょうか?また、日本がキャッシュレス先進国の中国に追いつく日は来るのでしょうか? いまや米国を脅かすIT大国となった中国の成長戦略を知ることで、日本経済の未来が見えてきます。今回は、中国のIT事情に精通し、人気のビジネスやテクノロジーを消費者目線でわかりやすく解説することに定評がある牧野武文氏の有料メルマガの一部を特別に無料でご紹介します。(『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』牧野武文)

プロフィール:牧野武文(まきの たけふみ)
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』『論語なう』『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。

※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2020年1月13日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

日本の未来が見えてきた。中国の最新IT事情をわかりやすく解説

中国都市部の決済「9割がキャッシュレス」

中国の都市部では、もはや現金というものを見かける機会がとても少なくなっています。

ご存知の通り、アリババの「アリペイ」、テンセントの「WeChatペイ」が普及をして、街中決済のほとんどはスマートフォンを使って行われるからです。

伝統的な商店ではまだ現金決済も行われていますが、都市部の決済の90%以上はスマホ決済になっている感覚です。全国では「70%程度」という数字がよくメディアでは使われています。

日本でも、消費税増税以降、キャッシュレス決済を使う人が明らかに増えました。といっても、都市部でも50%には届いていないのではないでしょうか。地方を含めると、30%程度ではないかと思います。

中国のように、キャッシュレス決済が主流になるまでは、まだまだ時間がかかりそうです。

「偽札が多いから普及した」はウソ?

なぜ、中国では一気にキャッシュレス決済が主流になったのでしょうか。

普及した理由として、よく「中国は偽札が多いから」というのがあります。これは一部本当で、一部嘘です。

以前の中国では、100元札を支払いに使うと、店員が透かしてみたり、指で弾いていみたり、偽札チェッカーをあてたりして、偽札でないかどうかを確かめていました。実際に、大量の偽札が流通してしまっていたのです。

しかし、2008年の北京五輪で、状況は大きく改善されました。2005年にホログラムによる偽札防止機能を備えた新型紙幣が投入され、おそらく中国政府も五輪前に相当厳しい取り締まりを行い、北京五輪の頃には都市部では偽札はほとんどなくなり、店員が指で弾く動作も見かけなくなりました。

スマホ決済が本格普及をするのは、2014年頃からですから、偽札とスマホ決済の普及は関係ないと考えた方がよさそうです。

ところが、中国人に「なんでスマホ決済が普及したの?」と尋ねると、「だって、中国は偽札が多いから(笑)」と答える人が多いのです。中国人は、こういう自虐的なユーモアが大好きで、それを真に受けた人が、どうもこの話の出どころではないかと推測しています。

ところが、まったくの嘘とも言えません。確かに大都市では、北京五輪以降、偽札問題は解決されましたが、地方都市ではまだ流通をしていました。地方都市の人にしてみれば、偽札の記憶がまだ新しいところに、スマホ決済が普及をしたので、「偽札をつかまされなくて済む」と考えた人もけっこういるはずです。

ただ、いずれにしても、偽札問題が、スマホ決済普及の主要因ではありません。スマホ決済にはそれ以上の魅力があったから、多くの人が使うようになったのです。

日本のキャッシュレス決済は、まだ中国のキャッシュレス決済の魅力に追いつくことができていません。ここが重要な点です。

Next: アリペイは元々ただのポイント通貨だった? どうやって一気に普及させたのか



アリペイはなぜ生まれたのか?

杭州市という地方都市のスタートアップ企業「アリババ」が急成長をするきっかけになったのが、CtoC型ECサイト「淘宝」(タオバオ)です。日本のメルカリのように誰でも出品することができるフリマサイトですが、個人だけでなく、販売業者も多数参加しました。タオバオとは「宝探し」という意味で、面白い商品やお買い得の商品を探して買うこと自体が楽しいECサイトです。

アリババは2003年にこのタオバオをスタートさせましたが、まったく取引が成立しません。

それもそのはずです。当時の中国では、普通のお店でも、偽物商品や粗悪品が平気で売られていた時代です。買い物は常に真剣勝負でした。それなのに、現物も見ないでネットで買うなんて、ありえない話だったのです。しかも、運営しているのがアリババなどというふざけた名前の無名企業ですから、多くの人が敬遠してしまったのです。

この問題を解決するために開発されたのが、アリペイでした。アリペイは、元々、タオバオのポイント通貨だったのです。

タオバオで買い物をしたい人は、まずアリペイを必要な分買っておきます。タオバオでの買い物は、このアリペイで支払います。しかし、直接販売業者には渡りません。いったん、タオバオ運営が預かります。そして、商品が送られてきて、内容を確認し、問題がないと通知すると、初めて、アリペイが販売業者に送られます。問題が発生した場合は、商品を返送すれば、アリペイは戻ってきます。

こうすることで、詐欺的行為をしようとする販売業者を排除し、消費者には安心して、買い物をしてもらう。ここからタオバオが活性化します。

このような事情があるために、アリペイの最初の名称は「担保交易」という名前でした。それが「支付保」(支付は支払いの意味。支払いを保証する仕組みの意味)になり、「支付宝」になりました。保と宝は、中国でどちらも「バオ」という同じ発音で、タオバオに合わせて、最終的に「支付宝」(ジーフーバオ)になりました。この英語名がアリペイです。

スマホの登場で一気に普及へ

この当時は、まだスマートフォンがなく、アリペイはPC上で使うものでした。他のサイトでの決済にも対応をしていきましたが、タオバオの決済手段であるということから、大きく発展することはありませんでした。

しかし、2010年頃からスマートフォンが普及し始めると、様相ががらりと変わります。

テンセントがSNS「WeChat」をスタートさせ、同じようにWeChat内でのポイント通貨として、WeChatペイの機能をつけたのです。しかも、SNS内の会員同士で簡単にポイントを送ったり、送れるようにしていました。

これにより、中国版ユーチューバーが生まれてきます。面白い動画を公開して、そこにWeChatのアカウントを表示しておくと、面白いと思った人がWeChatペイで投げ銭をしてくれるようになり、それで生活を立てる人が現れ始めました。

また、「微商」(ウェイシャン)と呼ばれる個人売買も盛んに行われるようになりました。タオバオと同じように、バッグや化粧品、食品などをWeChatを使って販売する人たちが現れ始めたのです。

多くの場合、検索をして販売業者を見つけるのではなく、友人から「あの人は信頼できる」と紹介されて販売業者にたどり着くので安心して買い物ができます。いわばリファラル取引です。これも代金をWeChatペイで支払い、商品は住所を伝えて宅配便で送ってもらうという方式でした。

Next: 追求すべきは「利便性」。アリペイはユーザー同士が勝手に対面決済を始めた



ユーザー同士が勝手に対面決済を始めた

このWeChatペイの送金は、なにもネット経由でなくても可能です。例えば、2人で食事に行って、代金の120元を片方が支払った時、もう片方は60元をその人にWeChatペイで送れば、割り勘ができます。

そのためには、相手のWeChatアカウントか携帯電話番号を聞いて、送り先を指定する必要があります。しかし、このような入力は面倒なので、WeChatには自分のアカウント情報をQRコードで表示する機能が追加されました。

これなら、QRコードをスキャンするだけで、簡単にその人に送金ができるようになります。

これが対面決済に広がっていきました。個人商店で買い物をした時、店主もWeChatのユーザーであり、WeChatペイで支払うことを同意してくれるのであれば、店主のQRコードをスキャンして、WeChatペイで支払うことができるからです。

つまり、最初は対面決済手段としてサービスがリリースされたのではなく、WeChatの利用者たちが、「勝手に対面決済」を始めたのがそもそもなのです。

これを見たアリペイも、QRコードで送金できる仕組みに対応し、いわゆるQRコード決済として広がっていくことになりました。

ここからは、アリペイとWeChatペイが熾烈な競争をして、利用者を拡大していきました。アリペイは、チャージしておくだけで、利息がついていく「余額宝」(ユアバオ)、WeChatペイは、企業と提携して、少額のお年玉がもらえる「紅包」(ホンバオ)というキラーサービスで、2014年頃から急速に利用者を拡大していきます。

追求すべきは「利便性」

しかし、利用者が急増していった理由は、やはり利便性という本質的な価値によってです。

アリペイもWeChatペイも、対面決済ではなく、ネット決済にそのルーツがあるというところがポイントです。

2つの決済アプリは、アプリ内にさまざまな生活サービス機能を取り込んでいきます。例えば、新幹線や特急列車、国内線飛行機のチケットを買うことができます。アリペイの中から、チケットのアイコンをタップすると、リアルタイムで列車などが検索され、空き座席の状況もわかります。乗りたい列車をタップすると、そのまま購入することができ、決済は自動的にアリペイで行われます。チケットは電子チケットとなるので、そのまま駅に向かえば、新幹線に乗ることができます。

一見、同じことは日本でもできるように見えます。

しかし、新幹線チケット購入のアプリをインストールし、そのアカウントを作成し、決済方法を登録しなければなりません。

飛行機に乗るのであれば、今度はJALとANAの2つのアプリをインストールし、アカウントを作成し、決済方法を登録するということをしなければなりません。ひさびさに飛行機に乗るために、航空会社のアプリを起動したら、パスワードを忘れてしまい苦労したなどという経験が誰にでもあるのではないでしょうか。

アリペイやWeChatでは、新たにアカウントを作ることなく、決済アカウントそのままで購入し、自動的に決済までできるのです。

Next: 日本の未来の姿? 中国ではアリペイ・WeChatペイが生活必需品に



アリペイ・WeChatペイが生活必需品に

このようなアプリ内サービスは、光熱費、税金、交通違反の罰金、宅配便、病院、タクシー、料理の出前、映画館などの予約、宝くじ、ホテル予約など多岐にわたっています。

さらに、アリペイやWeChatには、ミニプログラムと呼ばれる仕組みがあります。これはアプリの中から検索をすることで、呼び出せるアプリ内アプリのことで、カフェやレストラン、スーパー、ホテル、百貨店、ショッピングモールなど無数のミニプログラムが登場しています。

このようなミニプログラムから何かを買う、予約する時でも、アカウントをわざわざ作る必要はなく、そのまま利用し、アリペイやWeChatペイで決済できるのです。

これは商店側にとっても大きなメリットとなります。アプリで消費者とつながろうとしても、それにはまず、アカウントを取得してもらうという大きなハードルを超えなければなりません。ミニプログラムでは、このハードルなしに、すぐにサービスを利用してもらえるのです。

つまり、生活関連の用事のほとんどは、アリペイとWeChatがあれば、できてしまう状態になっています。この利便性から、中国人の多くの人が「出かけるときは、財布は忘れても、スマホは忘れるな」と言うのです。

日本もゆっくりと中国に近づいている

日本のPayPayも、タクシー配車サービスのDiDiに対応し、DiDiのアカウントがなくても、ayPayアプリの中からタクシーを呼び、PayPayで決済できるようになっています。

日本のキャッシュレス決済も、ゆっくりとですが、中国のアリペイやWeChatペイの世界に近づき始めています。

中国でスマホ決済が普及した最大の理由は、この「なんでもできる」利便性にあるのです。

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  • ファーウェイと創業者、任正非/アリババ物語その1(1/27)
  • シェアリング自転車は投資バブルだったのか(1/20)
  • アリペイとWeChatペイはなぜ普及をしたのか(1/13)
  • 生鮮ECの背後にある前置倉と店倉合一の発想(1/6)

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※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2020年1月13日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』(2020年1月13日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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