淘宝村(タオバオ村)は、アリババが2009年から始めている貧困農村の問題を解決するプロジェクトです。注目すべきは、慈善事業ではなく、アリババもきちんと利益が出る営利事業になっていること。ここが創業者ジャック・マーの面白いところで、素晴らしいところです。(『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』牧野武文)
※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2020年11月2日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』『論語なう』『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。
貧困農村を救いながら利益を上げるアリババ
淘宝村(タオバオ村)は、アリババが2009年から始めている貧困農村の問題を解決するプロジェクトです。
希望する農村に、アリババがネットや物流のインフラを提供し、同時にEC「タオバオ」でショップ運営をするためのコーチを行い、農村の特産品をタオバオで販売することで、農村の貧困問題を解決しようというものです。
中国には約50万の村がありますが、このタオバオ村は5,000村を突破しました。わずか1%にすぎませんが、年の流通総額が1億元(約15.6億円)を超える村も現れています。
このタオバオ村の興味深いところは、アリババの慈善事業ではないということです。アリババもきちんと算盤勘定をした営利事業になっていることです。ここが創業者の馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)の面白いところで、素晴らしいところです。
ジャック・マーの発想では、営利事業にすれば持続性が生まれると考えるのです。これはマイクロファイナンスのグラミン銀行や、MITのネグロポンテ教授が始めたOLPC(すべての子どもに1台のラップトップPCを)とも共通した考え方です。
なぜ、アリババは営利事業を通じて社会問題を解決しようとするのか。そして、どのような成功例があり、失敗例があるのか。
今回は、タオバオ村についてご紹介します。
政府支援を受けて急拡大するタオバオ村
タオバオ村は現在5,425村あります。ところが中国には村が50万村以上あるため、タオバオ村になっているのはわずか1%にすぎません。
元々は、農産品や水産品、工芸品などの特産品をタオバオで販売をするために、特産品のある村に、アリババがインフラを設置して、講師を派遣し、タオバオ販売業者になるための支援をするところから始まりました。最初は、タオバオの品揃えを増やす目的だったのです。
しかし、2014年に、国が農村の貧困問題の解決策として、農村でのEC事業のモデル地区事業に乗り出しました。このモデル事業の目的は、タオバオ村の目的とも合致をします。これにより、地方政府の支援も受けながらタオバオ村の設置が2014年から急速に進んでいくことになります。
この過程で、タオバオ村のバリエーションも生まれました。タオバオ鎮が新設されました。鎮というのは農村地区の中の小さな町のことで、陶器で有名な景徳鎮、水郷で有名な烏鎮などがよく知られています(ただし、景徳鎮は人口が増え、現在では景徳鎮市になっています)。
また、タオバオ村が複数集まって、広域で協力をしあうタオバオ村集群も形成されています。このような「村」「鎮」「集群」を総称して「タオバオ村」と呼ばれています。
いずれもタオバオ村の目的は同じです。その地方の特産物をタオバオで売ってもらい、現金収入を得てもらう。そのために必要なインフラ、ノウハウはアリババが提供する。アリババはそれだけの投資を行っても、タオバオの売買が活発になることで、投資を回収できるという考え方です。
特産品がない村も収入アップ?
では、これといった特産品がない村はどうしたらいいのでしょうか。
ここがタオバオ村プロジェクトの面白いところです。特産品の価値は、地元ではなかなか気付きません。地元の人にとってみたら、ありふれた食材にすぎないからです。
ところが、外部、特に都市生活者から見ればものすごく価値のある食材かもしれません。タオバオが農村と都市を接続することで、都市住人が新たな価値を発見してくれる現象が起きています。
例えば、雲南省や吉林省が産地のマツタケの価格が高騰しています。中国のキノコ類の食べ方は、鍋の中に放り込んで煮込むというのが一般的で、以前はマツタケはそれほど人気がなく、価格の安い食材でした。日本のように素材の香りを活かす調理法がなかったからです。天然マツタケの多くが日本への輸出向けでした。昔は「あんな、たいしておいしくないキノコをありがたがって食べるとは、日本人は不思議な人たち」とまで言われていました。
しかし、都市部でさまざまな調理法の料理が広まるにつれ、次第にマツタケを素焼きにする調理法が広まり、マツタケの香りのよさが知られるようになりました。このことにより、マツタケ人気が高まり、価格が高騰しているのです。
日本人にとっては、お手頃価格のマツタケが手に入りづらくなり、困った事態ですが、産地の農家にとってはありがたいことです。日本に輸出するよりもはるかに高い価格で売れるようになったからです。
Next: 農村と都市を直結。貧困農村の生活を一変させた
特産品を創出。貧困農村に現金収入をもたらした
タオバオ村の本当の狙いは、農村と都市を接続することで、特産品の新しい価値を発見できることなのです。
このような新たな価値の発見により、1年の流通額が1億元(約15.6億円)を超えたタオバオ村が745村も登場しています。全体の13.7%が「億元村」になっています。
湖北省十堰市下営村は、2014年に国から貧困村に指定されました。339戸の村民の中で179戸617人が現金収入がほとんどない貧困者でした。貧困の発生率は40%にもなります。
しかし、下営村では、宝飾品にも使われるトルコ石が産出します。そこでタオバオ村になることを申請し、アリババとこのトルコ石のビジネスを始めました。採掘は村で行い、村人に販売。村人はタオバオに出店をし、原石や加工した宝飾品を売って利益を得るということを始めました。現在では139戸700人がトルコ石関連の仕事に従事して、タオバオ上の店舗は500店以上にもなっています。この村では1/3以上の人がトルコ石の販売で生計を立てるようになったのです。
2019年になると販売額が2億元(約31.3億円)を突破しました。単純計算で、従事者1人あたり450万円ほどの販売額になります。
下営村には「EC反貧困センター」が建てられ、そこには下営村以外の県全体の特産品が並べられ、8室のライブコマース用スタジオも設置されました。ここから、下営村の村民だけでなく、県民がライブコマースを行って、特産品を都会に売っています。
普通の村人たちがインフルエンサーに
この村出身で、上海市でトルコ石の卸業をして成功していた蒋春莉さんと夫の黄海さんが、今年の春節の時に下営村に帰省をしていました。しかし、上海でも新型コロナの感染拡大が始まっため、夫婦は上海に戻らず、下営村にとどまりました。そこで、センターから毎日ライブコマースを行ったのです。毎日10万元の売り上げを上げました。
蒋春莉さんはライブコマースで自分のビジネスをするだけでなく、村の中にライブコマースチームを設立し、ライブコマースのコーチも務めました。メンバーは村民たちで、その中からも成功する人が出てきました。50歳を超えた蒋立軍さんは、小学校しか出てなく、普段はほとんど喋りません。しかし、蒋春莉さんのチームに参加をし、毎日鏡の前で話し方の練習をしました。独特の方言、蒋立軍さんの朴訥とした喋り方などが話題になって「網紅おじさん」(おじさんインフルエンサー)として人気になり、トルコ石が売れ、今年の収入は100万元(約1,560万円)を超える勢いです。
また、同じチームに参加したトゥオ濤さんは、地鶏をライブコマースで売ることにしましたが、スタジオからではなく、養鶏場からライブコマースを行いました。トゥオ濤さんが鶏を追いかけて捕まえるところをライブ配信したのです。その様子が面白いと人気になり、トゥオ濤さんは地鶏だけでなく、中国茶、玉子、ビーフン、天麻(漢方薬の材料)など、季節ごとに手に入るものを売りました。今年の収入は200万元から300万元が見込まれています。
江蘇省宿遷市のジュツ陽県のタオバオ村にある飛薇電子商務公司は、手作りの植木鉢を製造して販売している会社です。年商は900万元(約1.4億円)に達しています。しかし、EC化をあまり進めてなく、2/3は実体店舗経由で販売をしていました。植木鉢といっても量産品ではなく、社長は陶芸家であり、さまざまな師について陶芸を学び、独自の作風を確立した芸術性の高い植木鉢です。生活に余裕のある都市住人の間で人気になっていました。
しかし、店舗販売を中心としていたため、コロナ禍により売上が激減をします。従業員を守るために1ヶ月ほど営業自粛もしました。
そのままでは、経営基盤が脆弱な飛薇電子商務は倒産をしてしまいます。そこで、EC販売を増やし、社長自らライブコマースを始めました。通常の売上を補うほどまでは売れませんでしたが、ライブコマースで有名な存在になったことで、5月に新型コロナが終息すると、タオバオでのリバウンド消費が始まり、販売記録は更新し続け、ついには生産が追いつかず、予約販売に切り替えるほどとなりました。
新型コロナの感染拡大以前は従業員数は15人の小さな会社でしたが、終息後は50人に増え、今年の年末には200人前後になる計画です。
以前は店頭販売が中心であったため、宿遷市近辺の消費者にしかリーチできていなかったのが、ライブコマースで人気となったことで、全国の消費者にリーチできるようになったのが勝因です。
Next: 努力をしないタオバオ村は淘汰される。ジャック・マーが目指す社会とは
努力をしないタオバオ村は淘汰される
しかし、すべてのタオバオ村に薔薇色の未来があるわけではありません。ここが慈善事業ではなく、営利事業であることの厳しさです。売れるための努力をしないタオバオ村は淘汰されていくことになるのです。
成都市近郊のある村が2014年にタオバオ村になりました。この村では、大都市成都に近いため、以前から縫製加工工場が多い村でした。それを活かして、タオバオ村となり、タオバオでカジュアルウェアの販売を始めたところ、価格が安いと評判になり、村は潤いました。
しかし、アリババがタオバオ村の成功例として紹介をすると、様子が変わってきました。外部の人間が村内に縫製工場を作り、タオバオ村に入り込んできたのです。村の人口は2,000人ほどですが、700もの縫製工場ができ、70店以上ものタオバオ店舗が活動するようになりました。
ところが数年で、この村は寂れてしまうのです。製造上の工夫をすることもなく、商品も特に工夫をすることなく、ただ安いだけが取り柄のカジュアルウェアばかりが生産されるようになり、他のタオバオ村やタオバオ店舗との競争から価格競争が始まり、劣悪な品質の商品がこの村から出荷されるようになっていきました。
そうなると、消費者はすぐに反応します。カジュアルウェアなど、この村の製品を買わなくても、よそにたくさんあるのですから、少しでも品質がよく、安いものを求めます。外部から入り込んだ人たちは、儲けが出ないとなるとさっさと撤退をしていきます。
まだ400ほどの縫製工場が残っていますが、その多くがタオバオ経由ではなく、昔通り、卸を通じて、成都市の店舗に流通させるようになっています。忘れられたタオバオ村になってしまいました。
当たり前の話ですが、売れる努力をしないタオバオ村は淘汰されていきます。だからこそ、タオバオ村の人たちは、独自の特産品を探し、売れる努力をするようになるのです。
努力すれば貧困から抜け出せる社会へ
慈善事業は、美しい気持ちから発することですが、このような努力するモチベーションを生みづらいのが難点です。
努力をしなくても生きていけるのですから、人は努力をしなくなってしまいます。それでは、表面上貧困問題を解決できたように見えても、支援が止まったら瞬時に貧困状態に戻ることになってしまいます。
だからこそ、ジャック・マーは、課題を根本解決するために営利事業を通じて社会貢献をしているのです。それは、バングラデシュのグラミン銀行のマイクロファイナンスや、MITのニコラス・ネグロポンテ教授が始めたOLPC(One Laptop per Child=安価なノートPCを開発し、先進国の人間が2台セットで買うと、1台が自動的に開発途上国の子どもたちに配布される仕組み)などと共通した考え方のものです。
いずれも貧困を解決する支援事業ですが、経済原則に基づいた運営がされています。そのため、どのプロジェクトも困難の連続です。タオバオ村も、アリババ内部ではさまざまな困難に直面し、それを乗り越えてきたに違いありません。
このような事業に挑戦をしているからこそ、中国人にとってアリババは特別な企業であり、ジャック・マーは特別な人であり続けているのです。
社会貢献を営利事業として企画するジャック・マーの才能
貧困農村を救うもう1つの営利事業「浙江網商銀行」
アリババ物語
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『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』(2020年11月2日号)より一部抜粋
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