京都の梅の名所「北野天満宮」にある七不思議

 

天神さんと梅

北野天満宮の祭神である菅原道真が太宰府に左遷された時に詠んだ有名な歌があります。

「東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」

(春の東風が吹くようになったら、花を咲かせて香りを届けておくれ、梅の花よ。 私がいなくても、春を忘れないでいておくれ。)

都で出世街道を突き進み前途有望だったにも関わらず、その有能さを妬まれ左遷されてしまった道真公。太宰府へ旅立つとき、日頃愛していた梅の木に別れを告げた時の歌とされています。

この梅は道真を慕って、一晩のうちに都から太宰府に飛んでいったという伝説があります。これが有名な飛伝梅伝説です。太宰府天満宮には今でもこの飛伝梅が植えられているそうです。この伝説により北野天満宮の神紋には梅があしらわれています。北野天満宮には50種約2,000本の梅が植えられ、2月初旬から3月末までは梅苑も公開されます。梅の花はとても小さく桜のような豪華さはないですが、香りに誘われて大勢の参拝客が訪れます。

京都には知恩院や永観堂など七不思議がある名所がいくつかあります。北野天満宮にも七不思議があることで有名です。有名なものをいくつかご紹介しましょう。

「星欠けの」三光門

御本殿前の中門はの彫刻があるために三光門と呼ばれています。この彫刻は、日と月と三日月はあるが星はないといわれています。その昔、御所からこの門を眺めた時に問の真上に北極星が輝いていたので、敢えて星の彫刻を施さなかったと伝えられています。

御土居(おどい)

今では信じられないかもしれませんが、かつて京都の町は土手のような土塁で周囲を囲まれていました。これは豊臣秀吉が築いた京都の街を囲む壮大な土塁御土居」です。総延長約23キロもあり外からは容易に街に入ることが出来ない状態でした。秀吉が御土居を築いた目的は、「防衛のため」「寺社勢力の京都への影響力を削ぐため」など様々な説があるようです。しかし、その目的については未だにはっきりしたことはわかっていません。ただ現在でも京都には所々御土居の遺構が残っていて、北野天満宮の敷地内であるもみじ苑もそのひとつだったと伝えられます。

天神さんと牛

北野天満宮には牛の像がたくさんあります。天満宮の神使神の使いが牛だからです。牛が神使となった理由はいくつかあります。道真の生まれた年が丑年だった。道真が亡くなったのが丑の月の丑の日だった。道真の墓(太宰府天満宮)の場所を牛が決めた。などですが、興味深い話があります。

北野天満宮に伝わる北野天神縁起絵巻に亡くなった道真公を運ぶ葬送の列が描かれています。牛車で運んでいる最中、牛が座り込んで全く動かなくなったので仕方なくその場に埋葬することになったとか。この時、牛が座り込んで臥してしまった姿を「臥牛(がぎゅう)」と言いますが、この姿こそが境内にいる牛の姿なのです。日本全国に天満宮は1万2,000社あるそうですが、どこの境内にも立っている牛はいません。臥牛が境内を護っているのはそのためです。

天神さんのお守り

菅原道真は学問の神さまとしても知られています。道真は幼い頃から勉強熱心で最年少で国家試験に合格し、右大臣にまで上り詰めました。道真を祀った北野天満宮は学問の神さまとして有名で、受験生向けのお守りや御祈祷を受け付けています。もちろん北野天満宮が創建された由来でもある「雷除け」の御守りもあります。

戦国時代以降も北野天満宮は文化の中心地だったり、天下人から注目される場であり続けました。

北野大茶湯と「長五郎餅本舗」

長五郎餅本舗は豊臣秀吉お気に入りの400年続く老舗です。1587年10月、豊臣秀吉は千利休らを招き北野天満宮で大茶会を催しました。秀吉は市中の庶民にも上下の別なく参加を呼びかけました。北野天満宮で評判の餅屋、長五郎も茶屋を出し秀吉に餅を献上したところ大変気に入られたそうです。秀吉から「以後長五郎餅と名乗るべし」と言われたその店は今も北野下の森に店を構え「長五郎餅本舗」として暖簾を守っています。長五郎が認められた北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)は10月1日に開かれ、北野の松原には千軒もの茶屋が並んだと言います。境内には秀吉が収集した茶道具の数々が披露され、秀吉自慢の黄金の茶室が用意されました。特設された4つの茶席では、秀吉と千利休津田宗及今井宗休らが参会者に茶をたてたと言います。その光景に当時の京都人はさぞ驚いたことでしょう。

上七軒(かみしちけん)

全国的に有名な神社のお膝元が華やかに栄えないことなどありません。室町時代に北野天満宮の再建の際に残った資材を使って7軒の茶店が建てられました。この7軒の茶屋から始まるとされるているのが京都で最も古い歴史を持つ花街上七軒です。当時、秀吉が北野大茶湯を開いた時に上七軒の茶店が団子を献上し大いに誉められたと伝わります。また隣町の西陣との結びつきが強く、その後も花街としての繁栄が続いていきました。

だた、現在お茶屋さんはたった5軒になってしまいました。舞妓さん、芸妓さんに頑張ってもらってこれからも存続を願うばかりです。3月下旬から開催される北野をどり」はとても素晴らしいお座敷舞いなので是非ご覧になることをお勧めします。

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