「お母さん、そんな仕事しかないの?」
テッセイの清掃スタッフの1人は次のような体験を語っている。
60歳を過ぎて、私はこの仕事をパートから始めました。親会社はJRだし、きちんとしているし、早い時間のシフトにしてもらえれば余裕を持って家事もお稽古事もできるし。それに掃除は嫌いじゃありません。
でも1つだけ「お掃除のおばさん」をしていることだけは、誰にも知られたくなかったんです。だって他人のゴミを集めたり、他人が排泄した後のトイレを掃除するなんて、あまり人様に誇れる仕事じゃないでしょう。家族も嫌がりました。
「お母さん、そんな仕事しかないの?」
30歳になる娘はそう言いました。3歳になる孫の洋服を買ってあげるのはいつも私なのに。「親類にバレないようにしてくれ」…夫にもそう言われました。
車内の清掃だけをしていたらいいのかと思っていたら、実際に働き出すと、まったく違っていた。自分の持ち場が終わると、さっと移動して、まだ終わっていない場所を手伝う。ホームで困っている人がいたら、自分から声をかける。
ある時、70歳ぐらいの女性が、大きな荷物を引きずっていたので、清掃作業が終わってから、組の先輩と2人がかりで運んであげた。その女性は「本当にありがとうございました。助かりました」と窓ガラス越しに何度も頭を下げた。そんな事が重なるうちに、この仕事がいっそう好きになっていった。
「あんなに立派な仕事をしているなんて思わなかったわ」
仕事も少し速くなり、周囲の人とのお弁当の時間も楽しくなっていった1年目の春、大きな事件が起きた。ホーム上で整列し、お辞儀した際に、車窓のガラス越しに、目が合った人がいた。
「あっ、ヨウコさん」
それは夫の妹の顔でした。その横には肩をちょんちょんと叩かれて振り向いた夫の弟も。
見られた…。
私、新幹線のお掃除をしているところを見られちゃったんだわ。
自分の中ではやりがいのある仕事だと思い始めていたが、世間の人はそう思わない。特にプライドが高い夫の兄弟たちは。
1週間ほどした夜、電話が鳴った。夫の妹からだった。
「働いているとは聞いていたけど、おねえさんがあんなに立派な仕事をしているなんて思わなかったわ。」
義妹は本気で言っているようでした。
「東北新幹線のお掃除は素晴らしいって、ニュースでもやっていたの、見たの。ずっと家にいたおねえさんがあんなふうにちゃきちゃき仕事をする人だなんて思わなかった。すごいじゃないですか」
私はうれしくてうれしくて、なんて返事していいのかわかりませんでした。
この女性は、翌年、パートから正社員の試験を受けて、その面接で上記の話をして、こう締めくくった。
「私はこの会社に入るとき、プライドを捨てました。でも、この会社に入って、新しいプライドを得たんです」
面接した役員たちは、にっこり笑って、うなずいた。