「清掃の会社ではなく、おもてなしの会社なのだ」
テッセイの芸術品とも言える清掃サービスは、社内の長年の工夫、苦心を積み上げて、磨き上げられてきたものだ。
かつては「清掃の会社なのだから、掃除だけをきちっとやればいい。客へのお辞儀や声掛けは自分たちの仕事ではない」と反発する声もあった。
しかし、様々な試みを通じて、「自分たちの仕事は清掃だけではない。お客様に気持ちよく新幹線をご利用いただくことだ」「清掃の会社ではなく、おもてなしの会社なのだ」とみんなが理解し、納得した時に、テッセイの現場は大きく変わり始めた。
テキパキとした「プロの仕事ぶり」、「礼儀正しさ」。上述の「新しいプライド」を得たという60歳の女性は、「ここは旅する人たちが日々行き交う劇場で、私たちはお客さまの旅を盛り上げるキャストなのです」と言っている。
いかにお客様に「おもてなし」をし、旅を盛り上げるか、と1人1人の従業員が考え始めると、実に様々なアイデアが湧いてくる。お客へのお辞儀や、チーム一列の整列出場、退場もそんな中で生み出されてきたものだ。
新人はまずそういう形を学び、真似する所から育っていく。そして一人前になると、自分で創意工夫を生み出していく。そこから生まれる自発性が、テキパキとした動きや、お客に対する真心のこもった一礼となる。
単に「マニュアル通りやれ」という命令だけでは、こうした人間は育たない。海外の大学生までもが研修に訪れるという事は、こうした日本文化の深層にある人間観に着目してのことだろう。
おもてなしのプロ
テッセイの従業員たちが「おもてなし」の心で創意工夫を積み重ねていって、駅の設備まで変えていった。その一例がベビー休憩室の設置である。これは授乳やおむつ替えの場所がなくて困っているお客様が多いことにテッセイの従業員が気づき、親会社であるJR東日本に働きかけて、東京駅新幹線コンコース内に設置された。しかし、当初の設計は殺風景で、赤ちゃんを連れて入るという雰囲気ではなかった。
「しょうがないわね。設計をする先生方はきっと男性なんでしょうから」
「見て、このおむつ用のゴミ箱。こんなに大きいところが満タンになったら、重たくて取り出せないわよ」
「だいたい、すごい臭いになっちゃいますよね」
こんな議論を通じて、おむつ用のゴミ箱は上げ底にして、適当な量で捨てられるようにした。頻繁に捨てれば、臭いもしない。さらにゴミ箱のそばに小さなレジ袋を置いて、紙おむつをそれに入れ、封をして捨てられるようにした。
殺風景な壁には、季節ごとに、おひなさま、鯉のぼりなど、飾り付けを変えることにした。まさにお客の旅を盛り上げるために、キャストたちが舞台装置まで考え出したのである。
さらには、新型車両「はやぶさ」を設計する段階で、現場の声をよく知っているテッセイの声が聞きたいという要望がJR東日本側から出され、その基本設計に生かされた。ここまでくると、もはや「清掃員」ではなく、「おもてなしのプロ」である。
リスペクト(尊敬)とプライド(誇り)
遠藤功・早稲田大学ビジネススクール教授は、テッセイが清掃業務を行う、高学歴のエリートなどほとんどいない「普通の会社」ながら、やり方次第では、こんなに輝くことができるというお手本を示しているからこそ、これほどの注目を集めている、という。
そして「テッセイという会社の輝きを根っこで支えているのは、『リスペクト』(尊敬)と『プライド』(誇り)です」と、遠藤氏は評する。
前述の60歳の女性が義妹から「おねえさんがあんなに立派な仕事をしているなんて思わなかったわ」と言われたのは、まさしくリスペクトである。そしてこの女性は「この会社に入って、新しいプライドを得たんです」と語る。
リスペクトを感じた現場は、実行主体としてのプライドをもち、意欲的に仕事に取り組み始めます。よりよくするための知恵やアイデアも、プライドから生まれてきます。
掃除という誰にでもできそうな簡単な作業の中にも、リスペクトとプライドを見出し、そこから知恵やアイデアを出させる。そこに日本人の深い職業観がある。今や世界がそれを学び始めている。
文責:伊勢雅臣
image by: Youtube
『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』
著者/伊勢雅臣
購読者数4万3千人、創刊18年のメールマガジン『Japan On the Globe 国際派日本人養成講座』発行者。国際社会で日本を背負って活躍できる人材の育成を目指す。
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