どれぐらい飛行機の中に缶詰にされたままだったろうか。今となっては正確に記憶していない。3時間だったか…。「機内の飲み水も不足してきたので、節約にご協力ください」とアナウンスも流れた。ニューヨークやワシントン、「ユナイテッド航空93便」で、その間に起きていた事実を振り返れば、他愛もない悩みだった。
しばらくし、やっと機外、つまりエプロンの通路に出れば、携帯電話での通話が許可された。当時まだ珍しかった日米で通話可能な携帯電話を持っていた私は、通路に出、日本の実家に電話を入れた。我が家は常に留守番電話になったまま…というずぼらな家庭で、いつ電話をかけても私の声で留守番メッセージが流れるというオチだ。
しかし、この日ばかりは違った。呼び出し音も鳴らず「あんた、今どこにいんの!」と母の怒鳴り声が耳に入った。「デトロイト空港にいる」と伝えると、おそらく日本でニュース番組を観ていたみなさんが知る情報をまくしたてた。「ワールドトレードセンタービルが崩壊し、まだ12機がハイジャックされたまま」。後者はその後、誤報であることが確認されたのが幸いだ。だが、どうやら、ツインタワーが倒壊したという事件は、情報の錯綜ではなさそうだ。
午前10時30分ニューヨーク着予定だった飛行機から出ることができ、入国審査を終え空港の外に出ると、すっかり夕陽が差していた。乾いた熱気が身を包み、空港から吐き出された人々はみな無言だった。訳の分からない焦燥感が身を包んだ。さっきのブルックリン野郎も無言だった。