仕事を追えばお金は自然とあとからついてくる
難しい仕事への岡野さんの挑戦は半端ではない。エアコンの四方弁という部品を作る設備に取り組んだ時は、朝の8時から夜の11時、12時まで機械と格闘する日々が続いた。頭の中の設計図ではこう動くはずだと考えていても、なかなかそのとおりに動かない。手直しして動いたかと思うと、翌日には動かないので首をひねる、という毎日だった(ちなみに、岡野さんは図面を引かない。腕のいいピアニストが楽譜なしで即興でピアノを引くように、頭の中ですべて設計を考えてしまう)。
こんな日々が一年近く続いて、ある時、経理担当の奥さんに怒られた。「おとうさん、今年は3万5,000円しか収入がないわよ。あんた、毎日なにやってたの」年収が3万5,000円ではいけないな、と反省しつつも、「意地でもやらなきゃいけないことというものはあるんだ」。
職人はお金を追いかけてはだめだと、岡野さんは言う。儲かるものを見つけたらずっとそれでやっていこう、とか、500万円かかる仕事を手を抜いて300万円で済ませようとすると、いつか必ずどこかで破綻する。
金のことなんか全然考えずに仕事ができるようになると、いい仕事ができるからよけいにお金が入ってくる。いい仕事をするからまた仕事も入ってくる。だけど、この好循環までもっていくのが大変なんだ。
仕事を追えばお金は自然とあとからついてくるのに、みんなお金を追いかけるから、お金が逃げてしまう。みんながみんな、お金、お金、利益、利益と念仏を唱えてやっている。俺の場合は、どこまでいっても仕事、仕事なんだ。みんな目先の10円を拾うばっかりで、もっと先にある大きなお金が見えないんだ。
大企業の下請けじゃない
岡野さんの会社は6人の小企業だが、決して大企業の下請けではない。あくまで対等の関係だ。ある大企業の担当者が、難しい金型を必要としていて、あちこちに注文を出したが、どこにも作れない。困って岡野さんの所にやってきて「どうしてもこの金型を作ってくれ。だけど金型の予算をあちこち使っちゃってこれだけのお金しかないんだけど、足りない分は部品の価格に金型代を上乗せして払うから」と頼みこんだ。
岡野さんが金型を開発して、1年ほど部品を納めているうちに、担当者が替わった。新しい担当者は「部品の値段が高い。他でやらせるから金型を寄こせ」と要求した。金型代なんて3分の1しかもらってないから渡せない、と岡野さんが断ると、今度は金型代を払ってやるからもってこい、と言う。
岡野さんは頭に来て、「うちは金は余っているからもう金型代はいらない。その代わり、3分の1しか金型代もらってないんだから、金型を半分に切っちゃうからね。それであんたに渡すよ」
ガタガタに切れた金型を見た担当者は「いや、困った、困った」と言ってたけれど、俺も「困ったって、俺は知らない。おまえの勝手にやればいいじゃないか!」と言ってやった。…この会社も2002年のはじめに倒産しちまったよ。
中小企業の経営者は「岡野さんみたいなことを言うと、うちみたいな会社は、生意気だって言われて干されてしまう」と言う。しかし岡野さんはよそではできない技術を持ってるから強い。「うちへの仕事、止めるなら止めてみろ。そっちのほうが先に仕事が止まるぞ」と言ってやるそうだ。