「我が友に…!」
元気づけられたドイツ人たちは、板東の人々への感謝に、ベートーベンの第9交響曲を演奏する事にした。日本各地のドイツ関連施設から楽器を取り寄せ、総勢45名での演奏である。これが日本での第9の初演となる。
演奏の前に、青島総督だったハインリッヒ少将が挨拶を述べた。
青島での戦闘に敗れ、われわれは捕虜となって、この地へ参りました。私はいま、誇りをもって、この地を去ることができます。それは松江所長のおかげです。
松江所長は、私の人生で、もっともつらい時期に、勇気と力を与えてくれた。勇気と力――。我々は、ベートーベンのフロイデ(歓喜)を感謝のしるしとして、皆さんにプレゼントしたい。世界のどこに、バンドーのようなラーゲル(収容所)があったか! 世界のどこに、松江のようなラーゲル・コマンダー(収容所長)が…
感極まって、ハインリッヒが声を詰まらせた。会場は水を打ったように静まりかえった。ハインリッヒは松江のもとに歩み寄って、愛用のステッキを差し出した。「我が友に…!」
二人を包んで、嵐のような拍手が沸き起こった。
文責:伊勢雅臣
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