シンガポール建国の父、リー・クアンユーが遺した日本へのメッセージ

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わずか50年で東南アジアで最も栄えた国家をつくりあげた人物、リー・クワンユー氏。彼はいかにして個性の強い中国人やインド人たちをまとめ上げたのでしょうか?メルマガ『田村耕太郎の「シンガポール発 アジアを知れば未来が開ける!」』の著者で元参院議員の田村耕太郎さんも交流があり、当時の様子をメルマガで綴ってらっしゃいますので、一部をご紹介いたします。

日本の課題は「本気じゃない」こと、「アイデアより実行に価値があるとわかってないこと」

シンガポールに移住されたばかりの、日本人で最大の事業家・資産家の方とリー・クワンユーさんの話で盛り上がった。創業者であれだけのスピードで成功されたその方の人生が、50年でアジアで最も繁栄する国家を作り上げたリー・クワンユーさんの人生と似ているので、リーさんの苦労や想いが手に取ってわかられるようだった。

「『これしかない』という道を本気で貫き通したところがすごい。私の会社は比較的従順な日本人の国民性のおかげで、従業員がついてきてくれたが、あれだけ個性が強く気が強い中国人やマレー人やインド人をまとめてその方向に引っ張っていったのがすごい」

「例えば汚職撲滅。これは中国社会を筆頭に、東南アジアではどの国でも全くできていない。それを徹底してやり抜いたことがすごい。よく生きておられた

「これらは本気でないとできない。よく考えた上に、方法論を徹底して練り、命がけで実行しないとできない。自分も経営者として、リーさんのレベルまではいかないが、考え抜いて社員に方向性を示し、ついてきてもらうのがどれだけ大変かよくわかる。それが何もない新興国家でやり抜いたことがすごい。しかも我が強い中国人たちを引っ張ってきたところがすごい」

空港の名前やお札になることを断固拒否して、質素な生家も「私が死んだら取り壊せ。間違っても記念館とかにするな」と言い残して亡くなったリーさん。名前をつけるのを許したのはうちの学校くらい。しかも銅像も写真も学内に飾ることを禁止した。そういう人だからこそ中国人たちがついていったのだろう。

リー・クワンユーさんは私に「アイデアには思われているほど価値がない実行にこそ価値があるんだよ」と何度もいってくれた。日本よ頑張れという意味だったと今から思えば感じる。

霞ヶ関にも永田町にも日本の中ではトップクラスの人材が集まっているので、情報があり、アイデアもある。でも誰も本気ではない。適度に本気な人もいるだろうが、命がけで既得権益と戦うなんて選挙にも出世にもマイナスだ。
日本は創設時のシンガポールより厳しい情勢に置かれ始めている。余裕はあの時のシンガポールくらいないと思う。余裕を感じて本気にならない時代は終わった。

image by:Shutterstock

 

『田村耕太郎の「シンガポール発 アジアを知れば未来が開ける!」』より一部抜粋

著者/田村耕太郎(前参議院議員)
早稲田大学、慶応大学大学院、デューク大学法律大学院、エール大学経済大学院を各修了。シンガポールを拠点に、歯に衣着せぬ鋭い論調で「日本の良い箇所・悪い箇所」を指摘するメルマガは、世界で勝負したいという人必読。
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