4日目。予想通り、女性はさらにすごい顔になっていた。3日目に新人に、これまで言われたことのないようなことを言われて、家で考えたに違いなかった。無言だった。なにも指導しない。生来負けず嫌いの彼は「おお、おもろいやんけ」と猛烈な闘争心が生まれてきた。
よし戦闘開始や! 聞いてみた。「これはどこに直すんですか?」。女性が睨み付けてきた。
ここだ! 大きな声で、
「どこに直すんかと聞いとるんじゃ!」
「あっ、はい、あそこです」
女性はびっくりして即答した。驚いていた。家でも怒られたことがないんだろうな。どんな旦那なんだろうと思った。
「初めから言え! だいたいお前の指導の態度はなんじゃ。人が辞めていくっちゅうのは、そのせいやということがわからんのか!」
叱りつけた。社長が「○○さん、どうしました?」と驚いて声をかけてきた。社長は語った。
「我々の世代は女性に指導してもらうという感覚が理解できないかもですが、それを受け入れることが大事だと思いますよ。△△さんはものの言い方がきついだけで悪い人じゃないんです」
社長の話を真剣にすべて聞いたのち、彼は言った。
「社長、2日目に指導してくれたYさんはとてもわかりやすく親切でした。指導は厳しくて当たりまえというのは間違っていると思う」
「人が定着しない、すぐ辞めるといいますが、入社した人は辞めようという前提で入っては来ないんですよ。すぐ辞める、のでなく、辞めさせているんです」
「離職率が高いのは業界や労働環境が最大の問題ではない。人をいかに大事にして、いかに活かすかという組織の問題です。つまりは社長がどう考え、どう対処していくかだと思います」
「こういう形ではこれからも迷惑をおかけするので、試用期間である今日をもって辞めさせていただきます」
ああまた仕事探しだ、と思いながらも彼の心はすでに前を向いていた。
彼は語る。
「働かせてもらうという気持ちは尊い。しかしあまりに理不尽な扱いに対しては声を上げることだと思うよ。我々は被雇用者である前にひとりの人間なんだから」
「家族を養うため、子供を育てるため、生きていくためにはお金が要る。しかしあまりの苦しさに辛抱を飛び越えて心の病になったり、命を絶ったりする人がいる。それこそいちばんに辛いことだ。それなら、心が悲鳴をあげない所なら、どんな職業でもいいよ」
「おれは思う。覚悟を決めたら、異様な理不尽以外はどんなことでも耐えられると」
「極限までも辛抱しないことだよ」
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