年間2億本、井村屋「あずきバー」の硬さに込められた執念

 

「人のやらないことをやれ」~伝説の男・井村二郎の教え

井村屋は挑戦的な商品でヒットを掴んでいる。例えば「やわもちアイス」(140円)は、アイスなのに餅本来の柔らかい食感を実現した。2012年の発売以来、累計1億個を売る。開発部が挑んだのは、アイスでいかに餅の柔らかさを保つか。そもそも餅米でつくる餅は、冷やすと凍って固くなる。それを独自の製法で解決したという。

一方、「東京ビッグサイト」で開催された展示会で井村屋が売り込んでいた商品は「スポーツようかん」。身体に吸収されやすい糖質マルトデキストリンを配合した今までにない商品だ。スポーツ時の栄養補給をターゲットに羊羹の新たな市場作りに挑んだ。

創業以来、井村屋の勝ちパターンは、小豆をベースに斬新なアイデアを加えた商品開発にある。

そんな井村屋は、1896年、三重県松阪市に井村和蔵が起こした羊羹屋が始まり。和蔵は変わった商品でヒットを生む。客をつかんだのは、四角いお盆に羊羹を固め、それを切り売りするというユニークな商品だった。

第二次大戦後、その井村屋を託されたのが息子の二郎。戦地から戻った二郎は、職のない戦友たちを集め、井村屋の株式会社化を決意する。そして挑戦に打って出る。ガムやビスケットの製造など欧米の菓子作りにも取り組んだ。二郎は「即席ぜんざい」など、小豆を使ったこれまでにない商品でも次々にヒットを飛ばした

1960年代に入ると、二郎はさらなる挑戦へ。それが急速に拡大していたアイスクリーム市場だった。

すでに並みいる大手メーカーが様々な商品を出していた。井村屋も大手に負けないアイスを作るべく研究に没頭。様々な商品を投入したが、結果は、惨敗だった。するとある日、井村二郎が驚きの指令を出した。

当時を知る元井村屋の開発担当、福田映さんによると「ぜんざいをそのまま凍らせたらどうだ。やってみろ、と」。二郎は創業以来の小豆の技術を生かし、今までにない商品開発を指示したのだ。1973年、試行錯誤の末、完成したのが「あずきバー」だったのだ。

同じ年、二郎はさらに驚きの行動に出る。大阪万博が開催された1970年に井村屋に入社した浅田は、まだ4年目の駆け出しのある日、二郎から驚きの新規事業を任される。それがアメリカ発祥のレストラン「アンナミラーズの運営だった。

アメリカを視察した井村二郎が、日本での店舗展開のライセンス契約を取り付けてきた。店員の可愛らしいユニフォームと海外の家庭的なスイーツは当時、斬新だった。

菓子作りしか知らない二郎が決断したきっかけは、看板メニューのパイにあった。

「レストランビジネスの経験はないけれど、『売っているのはパイだ』と。出店の一番の原点は『東京にもないスタイル』。どこもやっていないということがアンナミラーズを始める原点のひとつでした」(浅田)

そんな二郎が目指した他にないものへの挑戦は今も続いている。東京都港区にあるおしゃれなスイーツの店「ラ・メゾン・ジュヴォー」広尾店も井村屋が運営する店だ。

南仏プロヴァンスの小さな街で親しまれる家族経営の店、「ジュヴォー」と契約し、アットホームな雰囲気そのままに、東京に持ってきた。井村屋の菓子づくりのノウハウも生かされたスイーツはどれも珍しいものばかり。人気のメレンゲ菓子「ロカイユ」(216円)も、独自の食感が味わえる斬新なスイーツだ。

「『ジュヴォー』は昔から他にない商品をやっており、井村屋の創業の理念にも同じような言葉があった。独創性のある商品を大切にしながら今に至っています」(佐々木康行店長)

三重県の田舎町から、持てる技術とアイデアで様々な挑戦をしてきた井村屋。その真骨頂を、2006年、晩年の井村二郎が社員の前で語った貴重な映像が残っている。

よそにないものを作らなきゃいけない。マネはするな。マネはたくさんされた。マネされるぐらいのものを作らないといけない

当時、91歳の二郎はそう語っていた。

副社長は肝っ玉母さん~女性の活躍で業績アップ

浅田が、最近お気に入りだという商品を見せてくれた。女性のイラストが描かれたどら焼き「みえどら娘」。三重県で活躍する女性がテーマになっている。浅田は女性が活躍する姿が大好きなのだという。

「女性活躍推進なんてことを一生懸命言ってますが、三重ではこれだけの女性が活躍していることをアピールしているんです」(浅田)

井村屋でもさまざまな部署で女性が大活躍している。会長の浅田を前に商品のプレゼンをするのも女性開発者。井村屋では、開発部の4割が女性だという。仕事を任されることでモチベーションも上がる。重い小豆の袋を持ち上げるのもたくましい女性社員だ。

長年、営業で全国を飛び回ってきた中島伸子は今年、井村屋グループの副社長に昇進した。しかも、3人の子育てもしっかりこなしてきた。

「朝は5時45分か6時に家を出て、帰りは夜9時、10時。特に北陸支店長のときは大変でした」(中島)

そんな女性たちを会社も全力で支える。井村屋本社から徒歩1分のところには社内託児所が。働いている最中でも様子を見に来ることができる

様々な制度を作り、徹底的に女性が働きやすい職場を作ることで、どんどん女性のリーダーも育っているという。

そして中島のもとで行われるのは「職場改善ミーティング」。さらに女性が働きやすい職場を作るための定期的なミーティングだ。

潜在的能力を持っている女性はたくさんいると思います。それをどう浮かび上がらせ、能力を発揮させるか。まず場を与えることが大事ではないでしょうか」(浅田)

小豆と女性が大活躍する会社。それが井村屋なのだ。

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