栄華を極めた日本のメーカーが、世界で競争力を失ったのはなぜか?

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かねてから「日本企業のプログラマーの扱い」や「銀行の存在意義」について異論を唱えて来たメルマガ『週刊 Life is beautiful』の著者で世界的プログラマーの中島聡さん。今回は、この二つのテーマについて、興味深い記事を紹介しつつ、日本の凝り固まった「古い体質」が今後の未来に及ぼす悪影響について、持論を展開しています。

私の目に止まった記事

 あの頃、僕たちはiPhoneもAndroidもぶっ潰したかったんだ

文中にはどのメーカーかは明記されていませんが、私の知る限りWindowsとSymbianのデュアルOSの携帯端末を作ったのは富士通だけなので、富士通の話だと思いますが、いかに当時の開発がデタラメだったのかが分かる、とても貴重な文章です。

トップダウンで、落下テストの基準が下げられてしまったなど、私が昔ブログに書いた「とある家電メーカーでの会話:クラウドテレビ編」に通じる部分が多々あります。

2000年あたりから、日本のメーカーの世界市場での地位が大幅に低下し始めましたが、その根本の原因がどこにあるのかを理解しておくことはとても重要だと感じます。90年代に起こった「デジタル化」にはなんとかついていけていたものの、ソフトウェアが複雑になるにつれ乖離の幅が広がり、インターネットの時代になると、全くついていけなくなった、というのが現状です。

携帯電話で言えば、OSがμ-iTronもしくはSymbian、サービスがi-Modeだったところまでは、世界のリーダーシップを取っていたとも言えるわけで、やはりiPhoneの登場が分岐点と言えると思えます。この時から、OSが本格的なマルチタスクOSになり、システムやアプリケーションの開発が大幅に複雑化したのです。

そして、私がこのタイミングで起こったこととして注目しているのが、小泉政権による派遣法です。それまで禁止されていた製造業における派遣が可能になり、それが元々ソフトウェアの開発を甘く見ていた日本のメーカーの中に、(理系の大学を出た)正社員が仕様書を書き、(理系の大学で教育を受けていない)下請けの派遣社員がプログラムを書くというゼネコンスタイルを固定化し、それが大規模なソフトウェアの開発をより一層難しくしたのです。

日本には、それ以前から「ソフトウェア工場」という発想があり、仕様書を書く上流の人をホワイトカラー、実際のコーディングをする人ブルーカラーとして扱う慣習がありましたが、それがソフトウェアの複雑化と、派遣労働者の導入により、一気に弱みとして露呈したのです。

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