なぜ松下幸之助は多くの「無謀な挑戦」を繰り返したのか?

 

■松下さんの『リスクテイク』の歴史 その5

1929年、7月からの政府の緊縮政策加えて二ューヨーク株式市場の大暴落を契機にしての世界恐慌が勃発して日本経済は深刻な混乱に陥りました。工場閉鎖や首切りが一般化して巷には失業者があふれ、松下も売り上げが止まり倉庫にはそれらの売れない在庫でいっぱいになってしまいました。

この時、幹部から「従業員を半減し、この窮状を打開しては」との進言が持ちあがったのですが、松下さんの指示は「生産は半減するが、従業員は解雇してはならない。給与も全額支給する。工場は半日勤務にし、店員は休日を返上し、ストックの販売に全力を傾注してほしい」でした。

結果は一致団結の姿が生まれて、全店員が無休で販売に努力しその2ヵ月後にはストックは一掃され、逆にフル生産に入るほどの活況を呈するに至るのです。

以上のように新製品の販売だけでなく、広告、従業員の雇用問題に至るまで様々な「リスクテイク」を行っています。これらは以後に続くパナソニックの大発展の先駆けとなるものですが明確な“ミッション”のもとに、思い切った意思決定と実行が成されて行きます。そこにはブレイクスルーするための、思い切った「思考転換」の活力が見られます。

これらの意思決定と実行を見ると「危険な冒険者」のイメージを持ってしまうのですが、新たな成果を実現させようとするならばそこでは既存の方法など何の役にも立たず、原則に則った“チャレンジ”を行う必要があります。

松下さんの場合は、それを行わなければ“ブレイクスルー”は起こらないと判断した時に、無謀と見られようとも敢然と意思決定し実行しています。

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【著者】 浅井良一 【発行周期】 ほぼ週刊

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