では、運転士はどうやってこの2種類のブレーキを操作しているのかというと、実は操作は簡単です。「2種類のブレーキが組み合わさっている」などということは考える必要はないからです。現在のこの種の電車は、マスコン(マスターコントローラー)という1本のスティックで操作するようになっています。前へ押せばノッチが入って加速し、手前に引けばブレーキがかかります。
そして、現在の1本マスコンというのは、その時々の状況に応じてモーターに電流を流して加速する、電流を切って電力回生ブレーキをかける、空気ブレーキもかけるという3つの動作を、電子回路が判断して自動的に制御するようになっています。ですから、何もなければこの1本マスコンを操作するだけで、運転ができるわけです。
問題は、事故の前に「空気圧が足りない」という報告がされていたということです。私は、全くの仮説として、次のような流れを想定しています。
- もしかしたら、電気の行き場がない回生失効がたびたび起きていて、それで空気ブレーキを何度もフルで使ったのかもしれない
- ブレーキングを繰り返したので、空気圧が足りなくなった
- 空気圧が足りないまま発車した
- 郊外に差し掛かった地点で、周囲に電気の行き場がなくなって回生失効した
- そこで空気ブレーキに頼ることになったが空気圧が足りないので、ブレーキが効かなかった
このストーリーですが、現在日本中を走っている「電力回生併用電気指令式空気ブレーキ」電車のことを考えると、実は絶対に起きない話なのです。
というのは、世界の鉄道車両についているブレーキは「空気圧がないとブレーキが解除されない」という設計になっている、つまり「フェイル・セーフ」という考え方で機構ができているという点が1つあります。
ブレーキ用の空気圧が足りなくて、停車した場合は、空気圧が回復しないと、ブレーキが掛かったままで外れない、だから発車できないという構造です。日本の車両も勿論そうした思想で作られています。
もう1つ、現在のように「1本マスコン」で操作できるようになった電車の場合は、仮に回生失効だとか、空気圧不足などでブレーキ力が弱い場合は、動かないような設定になっているか、あるいは自動的に速度に制限がかかるようになっているという問題があります。
日本の鉄道車両の場合は、この2つの安全設計については非常に厳しく法令で決められており、これに違反した車両は走ってはいけないということになっています。また、このような安全設計は日本だけでなく、基本的に欧米の鉄道車両の場合も同じだと思います。