欧米を蝕むアイデンティティ・クライシスの背景にある2千年の矛盾

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海外のメディアのニュースを、本当はどういう意味で報じられているのかを日本のマスコミではあまり報じられない切り口で解説する、無料メルマガ『山久瀬洋二 えいごism』。今回は、アメリカ中間選挙について解説しています。

欧米を蝕むアイデンティティ・クライシスの背景にある2000年の矛盾とは

President Trump closed out an us-against-them midterm election campaign that was built on dark themes of fear, nationalism and racial animosity.

訳:トランプ大統領は中間選挙での「こちら側と向こう側」というキャンペーンを終え、恐怖とナショナリズム、そして人種間の対立という暗黒の課題を投げかけた。
(New York Timesより)

【ニュース解説】

今回のアメリカの中間選挙の結果、下院で民主党が過半を制したことは、過去にないほど世界で大きく報道されました。ただ、大統領の所属する政党が議会の多数派となれなかった事例は今にはじまったことではないことは、既に多くのマスコミによって解説されています。実際、大統領は外交や軍事に関しては強い権限があるものの、内政については下院との妥協がどうしても必要になります。

そうした政治上のメカニズムは他社の報道に任せるとして、今回取り上げたいのは、なぜここまで中間選挙が注目されたかというテーマです。

その背景には、現在アメリカをはじめ、欧米でおきている、人々の間での思想信条の強い対立とお互いに対する根深い不信感があることはいうまでもありません。その不信感が過去にないほど鮮明になっていることが、人々の危機感を煽り、マスコミも注目したのです。その象徴的な行事が、今回の中間選挙だったわけです。

歴史的にいえば、人々は富の配分によって異なった思想信条を抱きました。富める者と貧困に喘ぐ人々との間の対立が、政治にも大きな影響を与えてきたのです。それに加えて、宗教観の違い、人種間の対立などで政治が左右されてきたことも事実です。

しかし、現在は必ずしもそれだけが要因ではなくなっています。同じ中産階級で宗教的にも似通った背景をもっている人々が、思想信条において大きく対立しつつあるのです。

では、どうして、そこまで人々が対立するようになったのでしょうか。

実は、この対立を理解するためには、欧米社会に脈々と受け継がれてきた二つの概念に目をむけなければなりません。それは、ヘブライズムとヘレニズムという概念です。

ヘブライズムとは、一神教の神を信仰していたユダヤ教にその起源があります。絶対神であるエホバを信仰するユダヤ教が儀式や儀礼によって形骸化したと批判し、世界宗教にまで発展したのがキリスト教です。従って、キリスト教には脈々とヘブライズムの伝統が流れているわけです。

次にヘレニズムです。この起源はギリシャです。あのソクラテスやプラトンをはじめ、多くの哲学者や科学者を輩出したギリシャで生まれた論理的な発想法、思考法はその後ローマ帝国に受け継がれ、西欧社会に共通する国際的な概念へと成長しました。それがヘレニズム的な発想法です。

キリスト教は、イエスキリストによってその教えが説かれた時代には、いわば一つの神を絶対的な拠り所とする宗教で、その信仰のあり方に哲学的な発想はありませんでした。しかし、そんなキリスト教がローマ社会に浸透し、やがてローマ帝国の国教になるに至り、宗教と政治とを一体化させなければならなくなりました。そのために、その宗教的な背景を論理的に、哲学的に理論武装する必要性に迫られたのです。

ここに、宗教的発想としてのヘブライズムと、論理的発想としてのヘレニズムとが融合し、キリスト教社会の道徳、哲学、そして文化が育まれたのです。

それからおおよそ1600年の年月が経ちました。そして、20世紀になって人類の科学技術は大きく進化しました。そんな科学技術の進化の背景には、物事を科学的に発想し、分析するというヘレニズム的な行動様式が大きな影響を与えてきたのです。それが、欧米流のロジックや理性の背骨として、科学技術の進化を支えたのです。

ところが、科学技術が進化することで、人々は過去に抱いていたものと異なる死生観を抱くようになりました。中世には、ほとんどの人々は、死後に生前の行動と信仰によって神によって裁かれるものと本気で畏れていました。科学技術の進歩で、こうした信仰は迷信として退けられるようになりました。また、医学の進歩によって、人々を見舞う病苦にも科学的な分析と治癒への道も開かれました。

こうして宗教と科学との対立がはじまります。西欧社会で数百年の年月を経てヘブライズムとヘレニズムとが少しずつ分離し始めたのです。

しかし、この「分離現象」はそれまで神と生活、そして政治とを融合させてきた多くの人々に強いアイデンティティ・クライシスを育んだことはいうまでもありません。

また、ヘレニズムとヘブライズムとが分離しはじめた後も、科学の道を歩む現代人の心の奥底にはヘブライズム的な道徳観や善悪に関する基準は残りました。この基準を強く意識するとき、人々は合理的な発想に懐疑心を抱きます。そして、そんな意識を心に抱きながらも、よりグローバルに物事を考え、現代の科学による理性を重視しようと思う時、人々はヘレニズム的発想をもってヘブライズムのエキスを希薄化します。この懐疑心と希薄化の揺れが、意識のギャップとなって、現在の欧米社会を揺り動かしているのです。

さて、とはいえ、欧米の人々は、例え現代社会においても、おしなべてヘブライズムの影響を受け継いでいます。先に解説した通り、ヘブライズムの原点は一つの神への絶対的な信仰にあります。すなわち、神を信じる者は「善」、神をないがしろにする者は「悪」という二元論が、長年にわたって人々の心に植えつけられてきたのです。白か黒か、つまりグレー(灰色)を排除する心理、そして意識を、欧米の人々は、心の奥底に抱き続けてきたのです。

これによって、ヘブライズムが希薄化した人々は、現代社会に懐疑心を抱いている人々を「悪」ととらえます。当然懐疑派も稀薄派を「悪」と捉えるのです。ここにお互いに対する根深い不信感と排除の意識が生まれました。ちなみに、イスラム教も一神教であると共に、その原点はユダヤ教にもつながります。すなわち、イスラム教もヘブライズム的発想による宗教なのです。

現代社会を蝕む二分化された政治、思想、信条の深いギャップとそれに基づく不信感。
そこには、欧米で2000年にわたって育まれたこの二つの意識のアンバランスがあるのです。

image by:mark reinstein, shutterstock.comより

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【著者】 山久瀬洋二 【発行周期】 ほぼ週刊

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