しかし葉隠は必ずしもそういう本ではない。むしろ、武士の日常の心構えを説いたものである。とくにこの本で強調しているのは、
主人に対する忠をはじめ、人間のまごころは、やたらに口に出して吹聴するものではない。ちょうど、男女の仲でも本当の恋は、自分の胸にジッと秘めて相手にも告げないほど忍ぶことが大切だ。
主人に対する忠も、自分は忠だ、このようにあなたに尽していますなどということを決して口に出すべきではない。
秘めた恋のように、胸のうちに秘めて尽し抜いてこそ、本当の忠といえるのだ。
ということが主題になっている。もっと拡げて考えれば、常朝がいいたかったのは、「人間のまごころとは、口に出さぬものなのだ」ということであろう。
だから葉隠が告げていることは、「武士道とは死ぬこととみつけたり」ということよりもむしろ、「まごころとは口に出さぬものなり」という意味に取るべきではなかろうか。
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