なぜ、現役教師は何かを始めるとき悲観的に最悪を想定するのか?

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いよいよスタートを切った新年度。現役教師である松尾英明さんは、変化のある仕事への不安をどのように解消しているのでしょうか。松尾さんは今回、自身の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』で、ある方に学んだ言葉を引きつつ、その「不安の解消法」を紹介しています。

悲観的に最悪を想定して、最高の準備をし、楽観的に臨む

タイトルの言は、5年ほど前に東京教師塾というところで、塾頭の原田隆史先生に学んだ言葉。

悲観的に最悪を想定して最高の準備をし楽観的に臨む

これがどこか一つでも違うと、望まない結果になる。

例えば「楽観的に最悪を想定しない」する。そうすると「予想外の事態」が増える。対応が遅れる。

天気予報もみないで「空が青いから大丈夫」と出かけたら後で大雨、というパターンである。教師の場合だと、通知表のミスで大きな手間をとったり、家庭への連絡不備で連絡網を使用、というようなパターンである。どれも注意深く事前チェックをしていれば防げるミスである。

例えば「最高の準備」をしないとする。想定通り最悪が起きた時に手が打てない。「ほら、やっぱり起きた」と嘆くだけになる。

先の例だと、雨が降りそうだけど傘を持たないで出たら大雨、というパターンである。教師の場合だと「やっぱり授業がうまくいかなかった」というパターンである(準備していないのだから、それはそうである)。具体的に準備の行動を起こしていれば、防げるミスである。

例えば「悲観的に臨む」とする。そうすると、見方がマイナスになり固くなる。最悪を想定して準備はよくしているので、失敗しまい、予定通りにいかせようと、「必死」になる。楽しくないのである。

先の例だと、ばっちり準備はしているのに、常に雨が降ることを不安に思っている状態である。教師の場合だと、授業研で常に「指導案通り」を目指して、脱線を恐れながら授業している状態である(この場合、本当は価値のあるかもしれない、子どものユニークな言動は黙殺される)。最悪も想定して十分に準備もしたのだから、後は流れに身を任せて楽しむのが正解である。

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