呆れた無罪判決。東電の旧経営陣に刑事責任を科すべき明白な証拠

 

15.7メートルの津波を想定して沖合に防潮堤を建設する場合、数百億円規模の工事費がかかると見込まれた。勝俣氏ら経営陣にとっては、知りたくない情報だ。当時、新潟県中越沖地震の影響で柏崎刈羽原発を停止し、会社の収支が悪化していた。そのうえ、福島第一原発の津波対策工事にとりかかり、完成まで原発の停止を国に命じられるようなことになれば、ますます経営が苦しくなる

経営陣は、最大15.7メートルのもとになった「長期評価の信頼性を低める作戦に出た。手がかりはあった。「長期評価」には以下のような文面が表紙にわざわざ付け足されていたのである。

今回の評価は、現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではありますが、データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等による限界があることから、評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要があります。

実はこれ、長期評価部会が嫌がったのに無理やり内閣府が付け加えさせた文章なのだ。

第11回公判で島崎氏が証言したところによると、「長期評価」の公表予定日だった2002年7月31日の5日ほど前、事務局の前田憲二氏(文科省地震調査研究課管理官)から、島崎氏にメールが届き、そこに、内閣府の地震・火山対策担当、齋藤誠参事官補佐の文書が添付されていた。

その中身は「(長期評価は)非常に問題が大きく…今回の発表は見送りたいがそれがだめなら最低限表紙の文章を添付ファイルのように修正してほしい」という趣旨だった。内閣府の判断を訝った島崎氏は「修正文をつけるくらいなら出さないほうがいい」と反対したが、結局は押し切られた。

地震調査研究推進本部は文科省の管轄下にある機関だが、内閣府・中央防災会議の意見を聞かなければならない。つまり内閣府にコントロールされやすいのだ。

東電の経営陣にとって、「長期評価」の限界をわざわざ表紙で断り書きした文面は利用価値があったに違いない。

担当の社員が2008年6月、武藤栄元副社長に「津波の高さの想定を引き上げ、その対策をとることが必要になる」と報告したのだが、翌月、武藤氏から社員に告げられた回答はこうだった。「土木学会に検討を依頼せよ」。

想像するに、武藤氏は原子力部門のトップを務めた武黒元副社長なり、勝俣会長なりに相談したうえで、この件については社外に放り投げ先送りすることに決めたのではないだろうか。

その後、武藤氏が、土木学会での検討状況について報告を求めることすらしておらず、その理由を法廷で問われ「社員から報告がなかったから」などと答えているところを見ると、はなから大津波対策にタッチしたくなかったのではないかと、疑われる。

武藤氏も当初は部下の問題意識に理解を示していたという。姿勢が変わったウラには、その上司である武黒勝俣両氏の考えがあったのだろう。

武黒元副社長は「長期評価については学者でも意見が分かれ信頼性も低いという報告を受けた」と証言。

勝俣元会長も、津波対策の担当部長から14メートルていどの津波の可能性について聞いたが、「部長の発言のトーンが懐疑的だった」と述べた。

いずれも筆者には責任転嫁と映る。彼ら経営陣は、「長期評価」に基づく部下たちの危機意識を知りながら、真摯に向き合おうとせず、いかなる対策をとろうともしなかったのではないか。

大津波なんて、いつ起こるかわからないものの対策工事に莫大なコストをかけ、場合によっては原発の運転を止めるようなことになったらどうするのか。大丈夫だ、俺たちの生きているうちにとんでもない災害が起きるわけはない…そんな心理に逃げこんでいたのではないか。

検察官役の指定弁護士は論告で「原発の安全性についての意識が著しく欠如し、最高経営層としての資格も問われると言わざるをえない」と指摘した。

明治以降だけでも、東北には死者2万1,959人の明治三陸地震津波(1896年)、死者・不明3,064人の昭和三陸地震津波(1933年)が襲来しているのである。自分たちが生きてきたわずかな期間に何も起こらなかったからといって、これからも起こらないと考えるのは、想像力の欠如というより、原子力を扱う企業の経営者として怠慢であり自然に対する傲慢であるといわざるをえない。

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