ベストセラーが生れる背景には、作品の出来、版元の販促・宣伝など様々な要因がありますが、人口約3,000万だった明治時代の日本で、口コミだけで100万部を売り上げた書籍がありました。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、明治大学文学部教授の齋藤孝氏と花王前会長の尾崎元規氏の対談形式で、『自助論』がなぜベストセラーと成り得たかを解説しています。
『自助論』が100万部の大ベストセラーになった理由
サミュエル・スマイルズ著『自助論』。300人以上に及ぶ西洋古今の偉人の成功談が収録され、刊行から150年以上が経ついまなお、世界的なベストセラー、ロングセラーとなっています。
本書を座右の書とする花王前会長・尾崎元規氏と明治大学文学部教授・齋藤孝氏に、その魅力と心に残る言葉やエピソードを語り合っていただきました。
齋藤 「『自助論』(原題『Self-Help』)はイギリスの著述家サミュエル・スマイルズが300人以上の西洋の成功者たちの言葉やエピソードをまとめた本で、1858年に初版が刊行されました。以後、十数か国語に翻訳されて世界的なベストセラーとなり、日本では明治4(1871)年に中村正直が『西国立志編』(全11巻)と改題して出版しています」
尾崎 「この『西国立志編』は福澤諭吉の『学問のすゝめ』と並んで当時多くの人に読まれ、総計100万部を記録したといわれていますね」
齋藤 「当時の日本の人口が約3,000万人だったことを考えると、驚異的な数字ですよ」
尾崎 「それだけ識字率が高かった」
齋藤 「そうですね。加えていまと違うのはマスコミや出版社が戦略的に売ったわけではなく、口コミで広がっていったこと。『自助論』と『学問のすゝめ』が二大ベストセラーになったのは、日本にとって非常に幸運だったと思います」
尾崎 「なぜこれほどまで多くの人に親しまれたか、齋藤さんはどのようにお考えですか?」
齋藤 「明治維新になって近代化をしていく。その時にやっぱり志を持った若い人たちがたくさんいたと思うんですね。ただ、どういう方向に変わっていけばいいのか、当時の人にはなかなか見えにくかった。
そこに『自助論』が入ってきて、「ああ、これが近代的な国の成功モデルなんだ」という具体例がたくさん示されていたことで、もともと持っていた志に方向性が与えられたのでしょう。
それと、タイトルもよかったと思います。原題をそのまま訳せば『自助』ですよね。自助という言葉はキリスト教の前提があれば分かりますけれども、そうでないとちょっとピンと来ない。『西国立志編』というタイトルにしたことで「これは志の本なのか」と。
この立志という言葉が当時の人に響いたのではないかと思います。その点では、中村正直のネーミングセンスというのも、ヒットの理由の一つなのかもしれません」
尾崎 「時代の空気と『西国立志編』というタイトルが見事にマッチしたのでしょうね」
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