コロナから飲食店を救え。世界的エンジニアが始めた画期的な試み

 

PCRとは

新型コロナウィルスの感染者を調べるのに「PCR検査」と呼ばれるものが使われていることは、毎日のように報道されています。しかし、一般のメディアは「PCRとは何か」を教えてはくれないので、私なりに勉強したことをここで解説します。

PCRは、Polymerase Chain Reaction(ポリミラーゼ連鎖反応)の略称で、特定のDNAだけを大量に増やす手法です。

新型コロナに感染した人から採取した鼻水には、ウィルスのDNA(正確にはRNAですが、ここでは便宜上DNAと呼びます)が含まれていますが、その量はごく僅かなので、そのままでは検出が不可能です。

一冊の百科事典の一行一行をバラバラに短冊(たんざく)状に切り刻んだ状態を想像してみてください。1ページあたり100行、1,000ページの百科事典であれば、10万の短冊が出来ることになります。

この10万の短冊を渡されて、「この中に『我輩は猫である』という文字列が含まれているか調べてくれ」と言われたら、気が遠くなりますよね。鼻水に含まれた新型コロナウィルスをそのままの形で検知するのは、それぐらい難しい話なのです。

一昔前までは、「培養」という方法で、対象を増やす手法が使われていました。検出したいのが大腸菌であれば、その大腸菌が増えやすい環境(栄養分や温度)を作り、数日間から数週間培養することにより、大腸菌の数を増やして検出するという手法です。

しかし、この手法は時間がかかる上に、特定の菌だけが増える環境を作るのも簡単ではありません。また、自分の力で増殖することが出来ないウィルスには、簡単には適用できない手法です。

そこで発明されたのが、PCRなのです。発明者はキャリー・マリスという化学者で、この発明によりノーベル賞を1993年に受賞しています。

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image by:Enzoklop / CC BY-SA

上の図は、Wikipediaから引用したものですが、具体的なステップとしては、

  1. 94-98℃で、二重らせん構造の2本鎖DNAを熱で二つの1本鎖DNAに物理的に分離(20-30秒)
  2. 50-65℃で、分離した1本鎖DNAに、新型コロナウィルスだけに結合する性質を持つ「プライマー」を結合させる(20-40秒)
  3. 75-80℃で、ポリミラーゼと呼ばれる酵素を使って、プライマーが結合した1本鎖DNAを2本鎖DNAにする(長さによる、千個の塩基あたり1分)

というサイクルをひたすら繰り返すだけです。

1回のサイクルでターゲットにしているDNAの数が2倍になるため、10回で約1,000倍(正確には1,024倍)、20回で100万倍、30回で十億倍に増やすことが出来るのです(通常25~35回、回します)。

先の例で言えば、「我輩が猫である」という言葉を含んだ短冊だけを100万倍にする仕組みがあるようなものです。

この手法が素晴らしいのは、1つのサイクルが短い上に(数分)、温度の変化を与えるだけでサイクルを回せるため、自動化が可能な点です(当初のPCRは、熱を与えるたびにポリミラーゼが劣化するため、サイクル毎にポリミラーゼを追加する必要があったため手間がかかりましたが、温泉に住んでいる細菌から取り出した熱に強いポリミラーゼを使うようになった結果、その必要がなくなったそうです)。

ここ25年ほどで遺伝子工学の技術は大きく進歩しましたが、その発展はPCR抜きでは到底不可能で、遺伝子工学における最も重要な発明と言って良いほどのものです。

ちなみに、PCRの特許は、当時マリス氏が働いていたシータス社が取得し(1983年)、後にスイスのエフ・ホフマン・ラ・ロシュ社が権利を購入しましたが(1993年)、今では特許が切れ、誰でも作れるそうです。重要な技術の「特許切れ」が時代の進歩を促す、よい例でもあります。

【参考資料(全てYoutubeビデオ)】

The Evolution of PCR
PCR – Polymerase Chain Reaction Simplified
PCR (Polymerase Chain Reaction) Tutorial – An Introduction

image by: Shutterstock.com

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マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

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