菅首相の“恨み”と6人任命拒否。日本学術会議への敵意の正体とは?

 

余りにもみみっちい政策の目玉

というのも、安倍晋三前首相にはまだ、第1次政権時の「美しい日本」とか、第2次政権時の「アベノミクス」とか「改憲」とか、それなりに構想らしきものがあったが、菅首相はそういう大風呂敷を広げるのは苦手で、いきなり携帯電話料金の値下げ、不妊治療への保険適用といった超個別政策に突っ込んでいく。それはそれで確かに実利を伴うので、選挙向けの人気取りにはなるのかもしれないが、例えば携帯値下げによって、通信大手各社のそれでなくとも国際的に大きく遅れをとっている5G時代へのデジタル対応がこれ以上打撃を被ることはないのかという国家戦略的なレベルの大事な話は、菅首相から語られることはない。

あるいは、不妊治療が保険で受けられるようになるのはいいことで誰もそれに反対する人はいない。しかしそれをしたところで少子化対策としてはほとんど実効性がなく、そのような治療を必要としない若い人たちの多くが子供をもうけたくないと思っている世の中の風潮をどうしたらいいのかを根本から考え直すことが先決である。

そういう大局を語らずに末節だけ、それも損得勘定で人を釣ろうとする魂胆が見え見えのテーマを取り上げるのが菅首相らしい発想で、こういう「実績」を素早くいくつか実現して選挙を打てば勝てるのではないかというのが年明け早々解散論の根拠となっているらしい。

政界雀らは「携帯値下げ、不妊治療、デジタル庁と3つ揃えば選挙で信を問える」などと戯事を漏らしているが、そんなことは菅首相がやりたければ勝手にやればいいので、忙しい国民にわざわざ投票所に足を運ばせて是非を答えさせるような重大事ではない。総選挙は本来、政権選択を問うもので、それ以外の詰まらないことを問うために行うことは本来、許されていないのである。

学術会議を敵にしたのはまずかった

しかも、時間を経るごとに菅首相の浅薄性がますます露呈する。10月1日付『赤旗』1面トップ報道から火がついた、日本学術会議の新会員候補105人のうち6人を官邸が任命拒否した問題はその典型で、あちこちの人事に手を突っ込むことが権力の真髄と思い込んでいる彼の卑小さを浮き彫りにした。このことは自身が思っている以上に後を引き、支持率低下に響くことになろう。

菅が任命を拒んだ6人はいずれも、特定機密保護法、集団的自衛権解禁の安保法制、共謀罪など安倍政権の「戦争ができる国」路線に沿った一連の方策に反対を表明してきた人たちで、それらに対するいかにも菅首相らしい陰険な懲罰の弄びである。

さらにその背景には、学術会議そのものへの安倍=菅両政権の敵意があるようで、それは、これもまた「戦争ができる国」路線の一環として2015年度から始まった防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」に対して強い懸念を表明する声明を同会議が17年3月に発したことを恨みに思ってきたからだろう。この声明は、控えめな表現ながら、戦前に科学者が戦争に協力したことへの反省を踏まえて戦後に同会議が創設された歴史を改めて思い返しつつ、軍学共同研究に手を染めるべきでないことを訴えている。また同会議は17年4月には「安全保障と学術に関する検討委員会」の報告を発表し、より具体的な考え方を示した。

この声明と報告は、菅政権下で激化すると思われる政治権力と学術研究の関係をめぐる戦いの出発点とも言うべき資料なので、参考として下に添付しておく。また軍学共同に反対する学者や市民が集う「軍学共同反対連絡会」も活発に活動していて、その共同代表は池内了=名古屋大学名誉教授、香山リカ=立教大学教授、野田隆三郎=岡山大学名誉教授の3人。

軍学共同反対連絡会

池内氏には『科学者と戦争』(岩波新書、16年刊)、『武器輸出大国ニッポンでいいのか』(あけび書房、望月衣塑子ほかと共著、16年刊)、『兵器と大学─なぜ軍事研究をしてはならないか』(岩波ブックレット、小寺隆幸と共編、16年刊)、『科学者はなぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』(みすず書房、19年刊)など、このテーマについての著書がある。

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