「文章の構造化が苦手」ワープロ専用機時代から続く日本人の大問題

 

何にフォーカスするのか

もう一度、「ワープロ専用機」の話に戻りましょう。(一応)持ち運びが可能で、テキスト入力しかできず、しかしそれはリッチテキスト(ドキュメントファイル)であり、直接印刷できる端末は、現状はもう死滅していると言ってよい状況です。しかし、これらの要素のどこかを変更すれば、それに似たガジェットは今でも生き残っていますし、なんなら普及しすぎるほど普及しているとも言えます。よって、どの要素にフォーカスするかで話は変わってくるでしょう。

まず、持ち運び可能な入力端末に関しては、びっくりするほど普及しています。これだけたくさんの人が「メモ」できる端末を持ち歩くようになった時代は現代が初めてでしょう。それは、知的生産のための下準備が整っていることを意味しますが、そこに深入りするのはやめておきましょう。

また、直接誰かに手渡せるメディア(媒体)を生成できる端末としてみれば、今は紙よりも電子ファイルの方が強く、しかもコンビニのマルチプリンターを介すればそのような電子ファイルから紙へのプリントアウトにも接続できるので、これまた圧倒的な普及をしていると言えます。

しかし、「テキスト入力しかできない」端末に関して言えば、スマートフォンやタブレットに比べれば普及していません。というか、スマートフォンやタブレットが普及しているので「テキスト入力しかできない」端末は下位互換だと認識されてしまうのでしょう。知的生産の技術に興味を持つ人でも、ポメラを普段使いしている人は稀です(私も一人しか知りません)。

これは素直には喜びにくい状況です。上位互換だからといって、良い結果をもたらすとは限らないからです。私たちはさまざまなことを便利にしつつも、常に「気移り」しやすい状況を作っているとも言えるのです。その気移りは、生産性においても、精神衛生的にもよいものではありません。しかし、楽しいし便利なので、そこから離れられないのです(実体験に基づいています)。

たぶん、私がいつまでもポメラへの憧れを捨て切れないのは、昔感じていたワープロ専用機の「良さ」の記憶が(若干の美化を含みながら)ずっと残っているからなのでしょう。「文章しか書けないデジタルツール」には、パソコンにはない「良さ」(もっと言えば機能)があるはずなのです。ともかく、この「テキスト入力しかできない環境」については、また改めて考えたいと思います。

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