「文章の構造化が苦手」ワープロ専用機時代から続く日本人の大問題

 

レイアウトと構造

さて、残すはリッチテキスト(ドキュメントファイル)です。ここには絡み合う二つの要素があります。一つは、印刷を前提とした「レイアウト」。もう一つは、文章の構造化です。

基本的に、レイアウトを整える場合は、それを構成する要素を構造化します。イメージしやすいのは、HTMLでしょうか。一つひとつの要素に個別にスタイルを指定するのではなく「見出しの2は太字にして、フォントサイズを24pxにする」といったレイアウト調整が行われるのですが、これを行うためには「見出しの2」を指定しなければなりません。これは、そのページ(文章)を構成する要素に、それぞれ役割を与えることだと言えます。

そして、「見出しの2」とは、「見出しの1」の下位に属し、「見出しの3」を自らの下位に持つ、という役割を担っており、それがつまり構造化、ということです。

ワープロソフトでも、文章の見た目を整える場合は、個別の行にいちいちスタイルを設定するのではなく、「ここは見出しの2で、そのサイズは24にする」といった感じで進めていくのが一般的……かどうかはわかりませんが、そのやり方で進める方が効率的です。

そう。ここなのでしょう。文章のレイアウトやスタイルを調整する際に、文章の構造化を利用することが一般的かどうか。この点が、現代の「文書とコンピュータと技術」について考える上で重要な点だと感じます。

日本の「レイアウト」

たとえば、「神Excel」という概念があります。詳しくはググッてもらえばよいのですが、Excelの一つのセルを方眼紙のマスのように捉え、複雑なセルの結合を繰り返して、「レイアウト」を作ってしまう手法です。もちろん、ここにはレイアウト=構造化、のようなコンセプトは皆無です。言い換えれば、構造化を通さずに、そのまま「見た目」を実現してしまう手法と言えるでしょう。

この「神Excel」がどこまで人口に膾炙(かいしゃ)しているのかはわかりませんが、「ごくごく一部の人たち」だけの話ではないことは、この話題の盛り上がりからも推測できます。また、こうした「神Excel」は業務の現場で作成され、それがテンプレートになって「代々受け継がれる」ものなので、自分では神Excelなんてやめたいと思っている人でも、仕方なくそれを使っている(あるいは、それがどういうことかもわからず利用している)場合も多いでしょう。

さらに、技術評論社から出版されている『スペースキーで見た目を整えるのはやめなさい~8割の社会人が見落とす資料作成のキホン』(四禮静子)という本もあります。ワープロツールの場合、印刷上の行頭字下げはインデント機能を使えば自動で設定できるのですが、それを使わずにスペースキーで「見た目」を整える人が一定数存在するから(「8割の社会人が見落とす」とあります)、このような本が出版されているのでしょう。

上記の二つの話から推測できるのは、デジタルツールで「見た目」(印刷上のレイアウト)を整えるときに、その文章の構造的情報にタッチすることなく、そのままダイレクトに変更を加えるやり方がよく行われているという現実の存在です。

ワープロで言えば、見出しに相当する行に一つひとつ「フォントを太字にして、サイズを24px」という設定を行っているわけです。これは非効率的であり、また(ソフトウェアが認識する)「構造」が作られていないという意味でも非構造的です。

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