橋本はいつも、知識を持たない人にも分かるように議論を展開する。それは、どんな文章を書くときにも、15歳の男が背伸びしてわかろうとしたときにわかるように、準備しておかなければいけないと思っていたからだ。だから、どんな本でも遠慮会釈はない。橋本は1989年よりあとの時代(平成~)の日本人には、「美学はなかった。美学という言葉を使うことで美学を殺している」と断言する。
「年をとると物忘れがひどくなるというのは、もうご愛嬌というか、一種のギャグみたいにしていて、平気で忘れてますね。(略)おれいま何しようとしてたんだっけとか、(略)でもそれで不都合じゃないんですよ。(略)どれだけの集中力を自分の中にキープしておいたかを考えたら、もうしんどくてね」。このお言葉は、わたしのような年寄りにとって大きな励みになるのであります。
「『瘋癲老人日記』を書いた谷崎潤一郎はすごい。(略)年をとった自分を笑うことを快感にしているから、ああいうフィクションができるわけでしょう。だから年とった自分に引きずられて死んじゃった川端康成と、年とった自分を笑える谷崎の差ってすごく大きいと思う」。三島は年寄りには同化できない人。漱石は年をとれない人。……もっと読みたいが、橋本治はもういない。
編集長 柴田忠男
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