前回の「イラン“対米強硬派”大統領誕生で「イスラエルの先制核攻撃」が懸念される理由」で、新しいイラン大統領に選ばれた「対米強硬派」のイブラヒム・ライシ氏が国際情勢に与える影響について詳しく解説した、 メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さん。今回、島田さんは、イランとイスラエルを巡る中東の緊張状態について、マスコミでは報じられない裏側について、独自の情報網を駆使・分析した見解を明かしています。
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中国だけじゃない。もう一つの”包囲網”イラン情勢と国際情勢の裏側
国際情勢ですが、今週もいろいろな動きがありました。
一つ目は、【2021年7月1日に、中国共産党結党100周年を迎えた中国の動向】です。
目立ったところは、習近平国家主席が公言した【台湾統一は歴史的責務】ということでしょうか。One Chinaに向けた動きを加速するのではないかとの憶測を呼んでいます。
そしてそれは、統一の乱れが見える中国包囲網や、それに反して結束を確認した中ロの関係など多角的にいろいろな推測が出来てしまいます。
また情報筋によると、アメリカ政府と軍は、様々なシナリオに基づいた台湾防衛のための『対中国即応プラン』を完成させたとのこと。それは恐れられている通称グアムキラー(弾道ミサイル)への対処も含むとのこと。
もう少ししっかりと情報を集め、分析して、またお伝えできればと思います。
二つ目は、【厳しさを増すイラン情勢と瀬戸際外交の行方】についてです。
ライシ氏が次の大統領に選出されたことを受け、イランを取り巻く環境に変化が表れてきています。
米バイデン政権によるイラン系の武装勢力(シリアとイラクで活動)への空爆が再開されました。
しばらく様子見となっており、かつイスラエルによるパレスチナへの攻撃で敵対関係に戻るのではないかと思われたアラブ諸国との関係も、反イランで再度、手を結ぶ動きが出てきました。
そしてイラン国内も……。
今週の【国際情勢の裏側】のコーナーは、【厳しさを増すイラン情勢-もう一つの包囲網とその行方】と題してお話しします。
国際情勢の裏側:厳しさを増すイラン情勢- もう一つの包囲網とその行方
対米強硬派で、次の最高指導者とも目されているイブラヒム・ライシ氏が9月から大統領に就任することを受けて、イランをめぐる国際情勢、特にアラビア半島周辺の情勢に変化が見え始めました。
まず、イラン核合意の展望がより見えづらくなったと思われます。一応、ライシ氏自身も、対米強硬派という顔を持ちつつ、対話の可能性は否定していません。
しかし、あくまでも『対話を行い、核合意の遵守体制に戻るためには、On Our Terms (我々の条件に従えば)という厳しい条件付きであることを忘れてはいけません。
ロウハニ大統領およびザリーフ外相の下、On our termsは何度も用いられてきた交渉条件ではありますが、水面下で核合意の締約国と非公式な対話を繰り返し、何とか突破口を見出そうとしていたのがロウハニ大統領の体制で、核合意からの一方的な離脱をぶち上げたトランプ前政権とも落としどころを探っていました。
しかし、次のライシ政権においては、現最高指導者ハメネイ師の意向と、アメリカ主導の対イラン制裁の下、困窮度を極める経済状況への国民の怒りといら立ち、そして革命防衛隊からの突き上げなどもあり、交渉のためのもち札は一気に限られることが明白だと考えます。
そしてすでにライシ体制への移行を示すかのように、国際社会への挑戦ともとれる動きに出ています。
その一例が先日発表されたIAEAの査察期間の終了・期間延長の拒否に加え、査察で収集されたデータの持ち出しや機材の返却を拒む姿勢に打ち出しています。IAEAはもちろん抗議していますが、イラン当局は聞く耳を持たないようです。
しかし、これもまた額面通りに受け取ることのできないイランによる“瀬戸際外交”の一環であると考えられます。
なぜか?
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“包囲網”の綻びを狙いつつ核合意で好条件を引き出そうとするイランの強かさ
IAEAに対する査察延長拒否は、実際にはIAEA側も想定の範囲内であったとのことですが、実際に恐れていたのは(いわゆるhardest questionsは)『査察によって収集されたデータの破壊』であり、今回、イラン政府はそのdestruction/deletionのカードを切っていません。
それはつまり、アメリカをはじめとする欧米の反イラン・アライアンスのレッドラインすれすれの駆け引きをおこなっているように思われます。
相次ぐドローン攻撃、革命防衛隊の幹部による好戦的な発言、パレスチナへのシンパシーを強調して、アラブとイスラエル、アメリカとの“反イラン包囲網”の綻びを狙いつつ、定期的にウィーンで開催されるイラン核合意において、少しでも良い条件を引き出そうとのギリギリの折衝を狙っているようです。
ではそれを受けて立つ(?!)アメリカのバイデン政権の姿勢はどうでしょうか?
対米強硬派のライシ氏が次期大統領になったことで、イラン政府の姿勢が硬直化・過激化する恐れを抱きつつも、就任前からの公約の一つである『イラン核合意への復帰』と国際協調への復帰という看板に沿うべく、『ライシ政権のイランとの対話のチャンネルは閉じることはない』とオープンな姿勢をアピールしています。
しかし、これもイランと同じOn Our termsという大きな条件が付いたオープンな姿勢のアピールです。
実際には、トランプ政権が築いた対イラン強硬姿勢と国内での反イランの超党派的な立場に、バイデン政権は答えざるを得ず、対話にオープンと言いつつも、今週にはシリアとイラクに散らばるイランが支持する武装勢力に対する空爆に乗り出しています。
まさに武力行使という鞭を振って国内の声に応えつつ、イランに対しても”対話に応じよ“、そして“核開発をめぐるエスカレーションと瀬戸際外交をやめろ”とのメッセージを、ロウハニ大統領および、すでに力のシフトが起きているライシ次期大統領に送っていると言えます。そしてこれは、国際社会に向けてAmerica is backというメッセージを伝えることにもなっていると思われます。
これは、発言はしても行動を取れなかったオバマ政権の失敗を繰り返さないとの覚悟の現れともいえますし、脅しても行動を取らなかったトランプ政権との差異化を図ったように考えています。
つまり『私はやるときには、やるよ』とでもいいたいのでしょうか。
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アラブの国々はイランからイスラエルを守るための「捨て駒」
アメリカ・イラン双方とも、mixed messageを送って、相手の手の内を見極めようとしていると同時に、中東地域における非常に脆弱な力の均衡への挑戦ともとることが出来ます。
イラン問題を欧米、特にアメリカが語る際、常にイスラエルの安全保障が念頭にあり、サウジアラビア王国をはじめとするアラブの同盟国の安全が念頭にあると言われていますが、実際のところ、アラブについては、アメリカにとってすでにエネルギー安全保障上の要所という位置づけからは外れていると思われます。
もっとも極端な見方をするアメリカ政府の分析官たちによると、『アラブの国々は、イランからイスラエルを守るための、いざとなれば捨て駒』ということだそうです。
もちろんそんなことをアラビア諸国が許すわけもなく、そのようなアメリカの心変わりを察知して、一度は封印していたイスラエルとの友好関係の深化を再開しています。
イスラエルとパレスチナの間で繰り広げられた武力紛争を受けて、UAEやバーレーンなどもイスラエルと距離をおく選択をしましたが、強硬化するイランが与えうる国家安全保障上の危機と脅威が増大すると判断し、地域で唯一、核戦力イランと対峙できるイスラエルとの友好関係を急ぐ方向に舵を切ったようです。
その一例が今週起こっているUAEとイスラエルの外交・経済、そして安全保障上の協力関係の深化です。UAEの首都アブダビをイスラエルの新外務大臣が訪問し、イスラエル大使館と領事機能の開設が発表されました。これは、UAEからの招きによると言われていますが、別の情報筋では、まるでゲームのように、イスラエル側がイランの鼻先にナイフを突きつける動きに出たとも言われています。
これはあまりクローズアップされませんが、イスラエルの新政権は、反ネタニエフで結集したはずなのに、ネタニエフ前首相の外交・安全保障体制を維持・強化する動きに出たと言えます。
それは、新政権の基盤が非常に緩いと言われている中、対パレスチナそして対イランでイスラエルとしての強い姿勢と覚悟を明確にしておかないと、本心はともかく、政権が持たないのではないかとの国内的な事情もあります。
またそれは、シリアやレバノン、そしてパレスチナのハマスを手先に使って、イスラエルの目と鼻の先に恐怖を突き付けるイランに対する“返礼”とも受け取れるかもしれません。
実際にイスラエルとUAE、そしてほかのアラブ諸国との“連携”がどこまで機能するかは疑わしく思っているのですが、微妙かつ脆弱な和平バランスの上に立っていたイランをめぐる地域情勢に挑戦状をたたきつけたようなイメージです。
そこに面白いように反応したのが、イランの友好国となった中国とロシアです。どちらも直接的な安全保障上の脅威は存在しないですが、両国とも、出遅れた中東・アラビア半島、そしてその先にある北東アフリカにおける勢力拡大のための足掛かりにイランを位置付けています。
すでに締結され実施に移されている中国とイランの25年間わたる戦略的パートナーシップは、制裁下で困窮するイラン経済に光を当てることになりますし、中国にとっては安定したエネルギーの調達元の確保につながる戦略的なサポート関係です。
ロシアにとっては、武器輸出による収入の確保を可能にしてくれ、かつシリアなどにおけるロシアの対米バランスを支えてくれるのがイランと言われています。
ただ、ロシアはこの辺りは中国のお株を奪っているかもしれません。それは、イスラエルとの関係改善と協力を進めつつ、イランにも武器供与を行っているという実利主義的な動きです。
イランは、後々、ロシアがイスラエルを経由して地中海方面から欧州にアプローチするための大事な戦略的拠点と考えられており、そのために、欧米各国と微妙な緊張関係にあり、かつアラビア半島に影響力を持つエルドアン大統領のトルコにもS400を販売して、安全保障上のバランスおよび岩盤を崩そうとする位置づけとも思われます。
中ロともにイラン核合意の当事国・締約国であり、イランの核武装については警戒し反対するものの、今後、激化するであろうと思われるアメリカと欧州各国との対峙・緊張において優位に立つためには、対欧米で一切退けず、イランの強硬姿勢は渡りに船と理解されています。
その中ロ間の結束も、6月16日の米ロ首脳会談の実施を受けてひびが入ったのではないかと懸念されたようですが、中国側からの熱烈な働きかけにより、G20の議論を半ばボイコットし、イラン問題にも一方的な意見が出ないようにしたようです。
もちろんG7での対中国警戒論の高まりに釘をさすために、G20での反中・ロ・イランの議論つぶしが実行されたのだと言われています(中国の王毅外相については、7月1日の中国共産党結党100周年の準備などで参加どころではなかったという情報もありますが)。
そのような難解でデリケートな国際情勢と地政学の中、イランをめぐる包囲網(欧米諸国とイスラエル・スンニ派諸国)と、イランとその仲間たち(中ロトルコなど)とのバランスゲームの行方から目が離せません。
そんな中、先週も触れたとおり、私は日本が果たすことが出来る役割はいろいろとあると思うのですが、不思議とあまり耳にしないのはどうしてでしょうか?
それはまた別の機会にいろいろと議論できればうれしいです。
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