ホンマでっか池田教授が「感染症は人間と友達になりたい」と語るワケ

 

尤も、このようにして宿主の細胞に入り込んだウイルスが常に宿主に対して悪さをするとは限らない。生物のゲノムの中にはウイルス由来と思われる塩基配列が沢山あり、内在性ウイルスと呼ばれている。この塩基配列はもはやウイルスを作る能力を喪失して、ゲノムの中で、籠の鳥状態になっていると考えられる。

日本では西日本に多いATL(成人T細胞白血病)の病原遺伝子はATLV-1と呼ばれるレトロウイルスで、主として母子感染で、母親から乳児に感染し、プロウイルスとなってT細胞のゲノムに組み込まれている。組み込まれたプロウイルスはATLV-1を産生する能力を有しているが、稀に強い病原性を発揮する以外は、通常は白血病を発症することはなくおとなしくしている。いつ人類にとり付いたかは定かではないが、白血病を発症させて宿主を殺すより、共存した方がウイルスの存続にとっても有利なため、共存の道を選びつつあるのだろう。

ATLV-1に限らず、宿主と長い間共存しているウイルスは、病原性が弱くなるように進化するのが普通である。狂犬病の病原体は、レトロウイルスではないRNAウイルスで、オリジナルホストはコウモリだと考えられているが、コウモリは感染しても発病せず、体内で狂犬病ウイルスと共存する。このウイルスはヒトやイヌとは共存できずに、宿主を殺してしまい自身も消滅する。

今から1万年前頃までの、狩猟採集生活を送っていた頃の人類には、人類にだけ感染する病原性の高い病原体は存在しなかったと考えられる。その頃までの人類はバンドと呼ばれる100人くらいの閉鎖性の強い集団で暮らしており、このような社会には、人に特異的に感染する病原体は入り込めなかったのだ。

ヒトの体内でしか存在できない病原体は、集団の少なくとも一人が感染して病原体を保持している必要がある。例えば、麻疹のウイルスが存在するためには少なくとも20万人程度の人口を擁する集団が必要だ。100人程度のバンドに分かれて暮らしていた狩猟採集時代の人類には、だから麻疹は存在しなかったのだ。存在できたのは、人獣共通感染症である肺炎や、土壌に広く存在する破傷風菌などによる感染症だけであった。中間宿主を持ち、生活環が複雑な寄生虫も、定住をしていない狩猟採集民に感染することは困難なので、存在できなかったろう。

print
いま読まれてます

  • ホンマでっか池田教授が「感染症は人間と友達になりたい」と語るワケ
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け