「天才相場師・羽黒道人」
年を重ねるにつけ、静かになっていくオフクロとは対照的に、親父は晩年になるますます無茶苦茶やっていた。
趣味と実益を兼ねて、僕がポルノやSMを書いて金が入りだすと、
「原稿用紙に1枚かいて、なんぼになるんや」
と親父に言われた。
「1枚1万円や」
「なんや、10枚かいても10万円か、生糸や小豆の相場の方がええで、1日で200万も300万にもなる。男やったら生きるか死ぬかの勝負をせんか。ところでな、ええ相場があるんや、30万円ほど持ってこんか」
そんな話はウソに決まっている、相手にしてはダメだ、僕は自分にそう言い聞かせるのだが、なぜかその気になってしまう。50万100万と親父に渡したが、返ってきたためしはなかった。そんな僕を見てオフクロはあいかわらず、
「お父さんにそんなことしたらダメよ」
とちょっときつい顔で僕に言っていたけど。僕は親父のことを無視することができなかった。
「儲かる、儲かるんや」
って、親父に真剣な顔で言われると、今度こそは本当だろうと、なんとなくその気にさせられてしまう。一発屋の性格は親父と似ているのだろう。僕にとっては憎めない親父だった。
戦後はこれといった仕事にもつかず、晩年は家にもたまにしか寄り付かなかった。
「天才相場師・羽黒道人」とかなんとか名乗って。詐欺師みたいなもんだった。親父の相場の解説を聞いて、儲けた人なんかいなかったでしょう。
オフクロは親父の若い女性の秘書をかわいがっていて、親父の着替えやあれこれを持たせたりしていたけど、その秘書がまた親父の愛人で。やがて親父の愛人などやってられないと、彼女も真面目な男と結婚が決まり「親父と別れたい」と僕のところに相談に来た。
僕が親父にそれを告げたら、
「絶対に結婚反対や!」
って、親父はカンカンに怒って。
「お父さん、何が反対や、あんまりにも自分勝手やないか。70歳を越えたジジイが20代の女と暮らしている方が不思議やと思わんか」
僕は手切れを渡して親父から彼女を引き離した。親父は事務所でコロッと倒れたのは、それからすぐのことだった。案外、その秘書のことを本気で惚れていたのかもしれない。
「お父さん、金返してよ、この前も100万円持っていったやないか」
病院のベッドで寝ている親父にそう言ったら、
「もう100万都合せえ、いい相場があるんや」
とかなんとか言っていたから、こりゃ殺されなきゃ死なないなと思ったんだけど…。
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