金だけ出したからではない。湾岸戦争で日本が評価されなかった訳

 

残念ながら、ベーカー回顧録には、湾岸戦争をはじめとして日本に関する記述は皆無に近いのです。日本の政治家や官僚は登場していません。同書の日本語版の解説で、当時、朝日新聞アメリカ総局長だった船橋洋一氏は次のように記しています。

「それにしても日本はどこに行ったのだろうか。672ページ(原書で)のこの大著で、日本はほとんど脚注として扱われる存在でしかない。ベーカー外交のさまざまな場面を写した本書の写真の中に日本の政治指導者は誰一人出てこない」

湾岸危機と湾岸戦争にあたり、135億ドル(当時の1兆7500億円)もの大金を拠出したにもかかわらず、日本はまったく無視されていたのです。ベーカー回顧録では、米国に「ノー」といった国ほど高く評価され、紙幅を割いて記述されています。

イギリスのメージャー首相、フランスのミッテラン大統領、デュマ外相、ドイツのコール首相、ゲンシャー外相、カナダのマルルー二首相、スペインのゴンサレス首相、ポルトガルのシルバ首相、ギリシャのパパンドレウ首相、 イスラエルのシャミル首相、ラビン首相、南アフリカのデクラーク大統領、チェコスロバキアのハベル大統領、サウジアラビアのファハド国王、エジプトのムバラク大統領、イラクのアジズ外相、シリアのアサド大統領、ソ連のゴルバチョフ書記長、大統領、シェワルナゼ外相、グルジアの大統領に就任したシェワルナゼ氏、中国の李鵬首相、銭其琛外相…。

ベーカー回顧録には、このような世界の要人が登場し、国益をかけた丁々発止の交渉が行われた様子がビビッドに描写され、外交の教科書としても最適の内容に仕上げられています。しかし残念なことに、日本との交渉に関する記述は貿易問題のみ。それも1ページほどに過ぎません。

米国の要求を「半値」といってよいほど値切り倒したイギリスに始まり、キリスト教国対イスラム教国の戦争の構図になることを避けようと、米国が多国籍軍への参加を働きかけ、軍の派遣を受け入れたシリアのアサド大統領(先代)などについても、タフ・ネゴシエーターだと褒めちぎっています。日本と同様に兵力を派遣せず、拠出した金額も少なかったドイツもしかりです。

最も激賞されたのはイギリスで、要約すると「今回もまた、最も手を焼かされたのはイギリスだった。しかし、今回もまた、最も頼りになったのもイギリスだった」というのがベーカー氏の偽らざる評価でした。

当時、日本政府内部やマスコミからも「金を出すだけでは評価されない。血を流す覚悟がなければ」という声が相次いでいました。しかし、兵力を出さず、拠出金額でも日本より少ないのにベーカー回顧録で誉められたドイツのケースを、一体どのように説明するのでしょうか。ベーカー回顧録には、国際政治への無知ぶりをさらけ出した日本の醜態が、無視同然に扱われたことを通じて、浮き彫りとなっているのです。

米国に反対したら日米同盟を解消されると思い込んでいる日本人には不思議に思われるかも知れませんが、国益を主張しない国は信頼されないのです。それが国際社会の現実です。そのような国際社会において、国益をかけて交渉できなかったのは日本の政治が国際的に通用する外交能力を欠いていた結果です。今後を担う日本の政治家は、その点をこそ湾岸戦争から学んでほしいものです。(小川和久)

軍事の最新情報から危機管理問題までを鋭く斬り込む、軍事アナリスト・小川和久さん主宰のメルマガ『NEWSを疑え!』の詳細はコチラから

 

image by: Shutterstock.com

小川和久この著者の記事一覧

地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 NEWSを疑え! 』

【著者】 小川和久 【月額】 初月無料!月額999円(税込) 【発行周期】 毎週 月・木曜日発行予定

print
いま読まれてます

  • 金だけ出したからではない。湾岸戦争で日本が評価されなかった訳
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け