小泉悠氏がシミュレーション。ロシアの北海道侵攻はあり得るのか?

 

ロシアの地政学思想から見た日本

しかし、問題は、そうまでして北海道に侵攻しようとする動機がロシアにあるのかどうかです。ロシアは伝統的に不凍港を求めてきた筈だ、という意見が現在ではほぼ当たらないことは本メルマガ第12号で解説しました。

ロシアは不凍港を求めている?

ごく大雑把に言えば、現在のロシアは不凍港を既に持っているし、その新たな獲得が優先的な国家目標とされているわけでもない。さらに言えば、ロシアの物流はそもそも海運に依存していない、ということです。

ロシアが(というかプーチン政権が)帝国主義的な野望を追求していないというわけではありません。今次のウクライナに対する侵略はロシア・ベラルーシ・ウクライナという「スラヴの三兄弟」をロシア主導で再統一しようとする多分に手前勝手で時代錯誤な目的で始められたものだと思われますし、その背後には歴史やエスニシティを根拠とした地政学的思想(これ自体も相当に「古い」考え)があります。この辺については拙著『「帝国」ロシアの地政学』も参照してみてください。

では、現代ロシアの地政学思想において、日本はどういう位置付けになっているのか。結論から述べると「そもそも関心自体が非常に希薄である」ということになるでしょう。

言うまでもなく日本民族はスラヴの民ではなく(本当に言うまでもなかった)、歴史的にロシアの勢力圏に入ったこともなく、大部分は正教徒でもありません。だから、例えばアレクサンドル・ドゥーギンの地政学思想においては、日本はドイツやイランと並ぶ将来の同盟相手(モスクワ=ベルリン枢軸、モスクワ=テヘラン枢軸と並ぶモスクワ=東京枢軸)と位置付けられてはいても、支配下に置くべき「歴史的空間」とは見做されていないわけです。

ロシアの地政学思想家の本をみんな読んだわけではないですが、これまでざっと目を通してきた限りでは、どうもロシアが日本にそう執着しているようには見えないのです。ロシアがベラルーシやウクライナを完全に支配下に置いたら次の目標が日本になるか、というと、どうもそういう感じもしない。大体ロシア人の3分の2はウラル山脈の西側に住んでいるのですから、仮に「スラヴの民の統一」が叶ったとしても、主要な関心はやはり旧ソ連西部や東欧でしょう(注)。

(注)浜由紀子・羽根次郎『地政学の(再)流行現象とロシアのネオ・ユーラシア主義』が示すように、ロシアのネオ・ユーラシア主義思想はアジアに対しても深い関心を有しているものの、それはロシアの非西欧的アイデンティティの模索と多極世界の実現、そして中国との関係性に焦点が当てられており、日本を征服してしまえというような議論ではない。

むしろ彼らが日本に言及するときには、米国を中心とする世界支配システム(のようなものが多くの場合想定されている)の構成要素と見做される場合が多く、要は「アメリカのシマ」という扱いであることが圧倒的です。

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