アメリカ最大の政治的な話題はロシア=ウクライナ戦争ではない現実

 

ですが、恐らくはリベラル系の最高裁の事務官が「切羽詰まって」SOSとして社会に状況を知らせるために確信犯的にリークしたのではというのが、一般的な見方です。その内容ですが、明確に「判例変更」という憲法判断が記述されていました。ということで、アメリカでは「この夏に中絶問題に関する憲法判断の変更」があるというのが一般的な見方となっています。

対立が激しいアメリカの政治風土ですが、この問題で一気に火がついた感じもします。現時点では、共和党の場合は、「プロ・ライフ」(生命が最優先、妊娠中絶反対)でまとまっています。反対に民主党では「プロ・チョイス」(中絶是認)という考え方が多数を占めています。

それはともかく、妊娠中絶の問題はというのは、語るには何とも気が重い話題です。必要悪というのも抵抗を感じるほど、とにかく「普通の大人であれば」話題にはしないテーマだと思います。勿論、多くの国では禁止されていますが、例えば多くのカトリック国では禁止されていても「神父への懺悔」という解決があったりしますし、日本の場合は仏教のある種の役割として、この問題の当事者への心のケアをしていたりします。

とにかく、語るにの気が重い話題であり、「マトモな人間なら切羽詰まった問題でもなければ話題することはしない」というのが、この問題に関する世界の常識だと思うのです。ところが、アメリカだけは例外です。なんとも異常な状況があります。妊娠中絶という問題が議論の対象となり、社会問題あるいは宗教や人生観の問題として堂々と語られ、それどころか選挙公約として堂々と議論されるのです。何とも異常な政治風土がそこにはあります。

共和党が「中絶禁止」にこだわるのは何故か、これは簡単には答えられない問題です。とにかく、世界の常識であれば「あえて話題にしないし、まして論争の対象にするなどあり得ない」この問題について、どうして共和党はここまでこだわっているのでしょうか?

この点に関しては恐らく、アメリカの世論には明確な自覚はないと思います。気が付いたら左右対立の重要な要素になっていたという感覚であり、「なぜ」といった部分は、それこそ、アメリカという国と社会を、比較文化や文化人類学的な見方を使って「突き放して」分析してみないと見えてこないのだと思います。

以下は、長年、そんな「突き放した」観察を続けてみた結果の全くの私見です。恐らく多くのアメリカ人にこのような認識を突きつけても、同意は得られないでしょう。ですが、「ソト」からの見方に「ウチ」の視点を重ねた一つの見解として、参考にしていただければと思います。

1つ目は、開拓時代の記憶です。北アメリカ大陸の開拓というのは、大変な労働を伴いました。労働力は常に不足しており、例えば開拓地ではコミュニティで協力して子育てをするなどしながら、人口の確保に必死になっていたということはあると思います。

今でも保守派の教会は、養子縁組を熱心にやったりシングルペアレントへの援助をしたりして、「不利な条件での出産でも、中絶しない」選択をした若い親を支援する習慣を持っています。このことも含めて開拓時代の気風という言い方はできると思います。

2つ目は、福音派の思考方法です。常識的に考えて、ユダヤ教やカトリックの方が戒律が厳しく、中絶に対しても厳しいように思いますが、こうした歴史の古い宗教の場合は、この種の「微妙な問題」についてはラビや神父に大きな裁量権があり、「人生の例外事項」を包摂する知恵を持っています。ですが、カルバン派を源流として、それが開拓のコミュニティで妙に純粋化したアメリカの福音派の場合は、非常に厳しい教条主義になっているという理解もできます。

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