アメリカ最大の政治的な話題はロシア=ウクライナ戦争ではない現実

 

3つ目は、政治的な対立です。70年代から強くなっていったジェンダー平等への運動は、基本的には民主党が先行しましたが、アメリカの場合は今では全国的に普遍的な考え方として確立しています。ですが、保守派の場合は、心のどこかに「完璧なる平等主義」には馴染めないものがあり、それがジェンダーに関わる問題の中では一点だけ「中絶問題」に特化して、この点での保守的な原理主義として確立しているように思います。

4つ目は、トランプ主義と同じようなアンチ・エスタブリッシュメント、アンチ・グローバリズムとの繋がりです。例えば90年代に暗躍していた「中絶医への放火、殺人テロリスト」の場合は、「国際的なもの」や「大企業の経済力」などが「中絶賛成のイデオロギー」と結びついており、それが「国際社会主義」として確立しているという歪んだ陰謀論を唱えていました。

例えば1996年のアトランタ五輪では、右翼の中絶反対テロリストが選手村で爆弾テロを起こしていますが、この実行犯の場合、アンチ・グローバリズム、アンチ五輪の思想の根底には「アンチ中絶」があったのです。

5つ目は、障がい者差別の問題です。この問題でアメリカの場合は、日本とは対立が逆になっています。日本では、例えば出生前診断を行なって障がいの可能性があるような遺伝子判定があった場合、中絶になっても仕方がないという考えは保守に属します。一方で、検査に反対し、同時に障がいがあっても産み育てるという思想は左派になるわけです。

アメリカの場合は、障がい者への差別反対ということでは左右で大きな差はありません。また障がい者の団体が権利の拡大を求めて左派と連携するということも限定的です。勿論、福祉の活動について左派は政府が主体となるべきと考える一方で、保守派は福祉カットと減税を主張する代わりにコミュニティと教会が相互扶助活動を強化すべきと考えます。

ですが、出生前診断と中絶という問題では、大きな差があります。左派は、中絶となっても止むを得ないと考える一方で、全くそれをいいことだとはしていません。生まれてきたら税金で支えるのには賛成です。ただ、あくまで母親に決定権があるという考えです。

では、障がい者の団体はどう考えているのかというと、日本のような集団主義から「他のケースで中絶が起きたら、自分の人格が傷つけられる」という心理はありません。他のケースは他のケースとして、障がい者もその家族も胸を張って生きるということでは確固たるものがあります。

そんな中で、保守派の間では障がい者の子供を分け隔てなく産み、育てているということへのプライドから、中絶を認める左派を徹底的に批判するという姿勢が出てきています。例えば、アラスカ州知事や副大統領候補を経験し、今回は下院議員選に出馬するサラ・ペイリンは、ダウン症のお子さんを育てたということで、保守派の尊敬を勝ち得ているのです。

6点目としては、最後にこれは、保守派の人々は絶対に認めないと思いますが、彼らの深層心理の中には、「エリートの主導する都市型カルチャー、グローバル経済とセットとなった民主党カルチャー」によって「抹殺される胎児」に自分達を重ね合わせているということがると思います。仮に自分を重ねるのではなくても、そうした「胎児」を救うという活動に十字軍的な情熱を感じているのだと思います。

そんな中で、長年この問題で左右対立の中にいると、人生をかけて戦うテーマとなり、そこでは「中絶反対」という姿勢が絶対的な正義だと思えてくるわけです。一旦そのような原理主義的な対立の回路に入ってしまうと、そこから立場を変えるのは難しくなります。

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