ホンマでっか池田教授が告白。「歳をとって増えたこと」とは何か?

 

中央道の大月辺りからよく見える山に滝子山がある。小金沢連峰の南端の山で、山梨大学に勤めていた時からよく知っている山なのだが、見る度に名前が思い出せないことに気づく。運転をしながら、何という山だったかなあと頭をぐるぐるさせて、暫くすると思い出すこともあるが、なかなか思い出せないこともある。同じくらい馴染みがある三つ峠や大菩薩峠や黒岳はすぐ思い出せるのに不思議だ。固有名は脳の中に沢山格納されているのだが、整理が悪いので、すぐ思い出せる名となかなか思い出せない名があるのだろう。

大分前に、テレビのクイズ番組に出ないかと誘われたことがあるが「知っているけど名前が出ない」という状態になるのは必定なので、断ったことがある。若い時は、頭の中にある名前はすぐに引き出せたが、歳と共に、だんだん引き出す速度が落ちてくる。格納されている固有名が多くなりすぎたせいかもしれないが、単に呆けただけかもしれない。

思い出せないのが固有名であるうちは、まだ大したことはないが、そのうち、ハサミやセロテープといった普通名詞にまで累が及んでくる。自宅で、女房と暮らしていると、それ取って、あれ取って、と代名詞ばかりになってくる。

思い出せば思い出せないこともないのだが、いちいち物の名前を思い出すのが面倒になってくるのだ。そうなると、そろそろ人生も黄昏である。それでも、俺だ、私だ、と言う自我は保たれているのだから、前頭連合野の自我の領域はよほど強固なのだろう。

短期記憶の能力が衰えてくるとともに、物をひょいと置いた場所を忘れてしまうことが多くなった。外出先から帰ってきたら、まず玄関の鍵や車の鍵は所定の場所に置くようにしているが、尿意が待ったなしで襲ってきて、まずトイレに行かなければならないことがある。その辺に鍵を置いて、用を足してから片付けようと思うのだが、トイレから出てきた時はすでに鍵のことは忘れている。それで、次に外出する時に鍵を探すことになる。忘れたのが携帯であれば、電話をかければ、家のどこかで鳴っているので、見つけるのは簡単だが、鍵は何も言ってくれないので、往生する。

何かをしようと思って、立ち上がるまではいいのだが、立ち上がった瞬間に、何のために立ち上がったか、分からなくなることも多くなった。食事の最中にトウガラシを取りに行こうと思って、冷蔵庫を開けた途端に、何のために冷蔵庫を開けたのか忘れていることがある。そんなことは昔からだと女房は言うのだが、昔はそれほどひどくはなかった。いくつかのことを同時に考えることが難しくなったのかもしれない。

「トウガラシを取りに行こう」とまず考える。そのためには「冷蔵庫を開けなければ」と次に考える。すると、脳は「冷蔵庫を開けなければ」という考えに占有されて、「トウガラシを取りに行く」という肝心な目的を忘れているのだ。

元々、左目は軽い緑内障で、両目とも多少白内障が出始めたので、眼は大分悪くなった。飛んでいる虫の種類を判別するのが困難になってきた。左足は軽い変形性膝関節症なので、正座が難しい、長い階段を歩くと痛みが出る、といったようなことは正常な老化現象なので、こんなもんだと思っているが、体の不調よりも、気力がなくなってきた。どこといって、日常生活に差しさわりがあるほど悪いところはないのだけれど、やる気が出ないのである。

養老さんは、別にどこも痛くないのだが、うつでやる気が出ない日々が数ヵ月続き、病院に言ったら、心筋梗塞だったのだ。糖尿病があって痛みを感じなかったようだが、それにしても、老人は体の異変をいち早く察知する能力が無くなってくるのは確かであろう。(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』2022年5月27号より一部抜粋)

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