嫌な予感が的中。菅前首相の国葬「弔辞」で飛び出した衝撃の言葉

2022.09.29
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9月27日に営まれた安倍元首相の国葬で、友人代表として弔辞を読み上げた菅義偉前首相。ネット上では称賛の声が多数上がっていましたが、果たしてそれは政治家を送る「国葬」の場で語られるべきものとして適切だったのでしょうか。元毎日新聞で政治部副部長などを務めたジャーナリストの尾中 香尚里さんは今回、菅前首相の弔辞の中で違和感を抱かざるを得なかった箇所を指摘するとともにその理由を解説。さらに弔辞の後に起きた拍手について「悪ノリが過ぎる」との苦言を呈しています。(この記事は音声でもお聞きいただけます。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

ツッコミどころだらけの菅前首相「弔辞」

安倍晋三元首相の国葬(9月27日)での菅義偉前首相の弔辞が話題を呼んでいる。第2次安倍政権の発足(2012年)以降、官房長官として長く安倍氏を支え続けた菅氏。「友人代表」として行った弔辞は、菅氏自身の首相時代の演説からは考えられないほどエモーショナルな言葉にあふれ、ネット上などでは「感動的」「染みた」の声があふれている。

申し訳ないが、筆者はそういう気分には乗れない。長く支えた「盟友」を突然失った菅氏の個人的な思いは理解するが、情緒的な言葉の中に紛れ込んだ言葉にいちいち引っかかり、時にそら恐ろしいものさえ感じたからだ。

世論の感情の高ぶりも落ち着いたところで、改めて菅氏の弔辞を振り返ってみたい。

「7月の8日でした。信じられない一報を耳にし、とにかく一命をとりとめてほしい。あなたにお目にかかりたい。同じ空間で同じ空気をともにしたい」

冒頭からいやな予感がした。

安倍氏が選挙演説のさなか、聴衆の前で凶弾に倒れたあの衝撃は忘れられない。「一命をとりとめてほしい」というのは、筆者も含め、あの日誰もが感じたことだろう。だがその後の「あなたにお目にかかりたい。同じ空間で同じ空気をともにしたい」、これはどうだろう。

正直、背筋がむずがゆくなるのを覚えた。ラブレターではないのだ。友人代表とはいえ、政治家が政治家(それも首相と官房長官の間柄)に対して、こういう場で口にするのがふさわしい言葉なのか。

そしてその直後、この「いやな予感」はまさに的中した。衝撃の言葉がこれである。

「天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか」

「いのちを失ってはならない人」。この言葉は裏を返せば「いのちを失っても惜しくない人」がこの世に存在することを意味してしまう。筆者はしばらく、この言葉が脳内にこびりついて離れなかった。

そんな細かいことにいちいち目くじら立てて、という向きもあるかもしれない。しかし、これは弔辞であり、事前にきちんと原稿が用意されている。「ついうっかり」の失言とは違うのだ。

政治家であればこそ、こういう言葉遣いには慎重に慎重を期し、推敲に推敲を重ねるべきだと思う。その上でこういう言葉遣いが容認された、というのなら、それは菅氏自身が、本音では「この世にはいのちを失っても惜しくない人がいる」と考えているのだろう、と断じざるを得ない。

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