アベノミクスは大失敗。それでも安倍氏「唯一のレガシー」サハリン権益を日本が守れた理由

2023.01.23
 

重要なことは、この経済協力が、日本が一方的に提案したものではなく、ロシアと十分に内容を擦り合わせたものだったことだ。その証拠は、私がかつて大学の業務でサハリン州の国立総合大学を訪問した際に目にした、サハリン州政府の「発展計画2025」という長期経済発展計画である。

「発展戦略2025」は、2025年までにサハリン州で「州内総生産を3倍以上、貿易高を6倍以上」という目標を掲げたものだ。その主な課題は、

  1. インフラの未整備状態の解消による社会産業基盤の近代化、
  2. 生産部門の技術革新と近代化、
  3. 天然資源の高度加工による新しい産業の振興、
  4. 近代的な市場経済サービス発展と品質重視のサービスの普及、
  5. 所有権保護、市場競争性の強化、投資リスクや企業リスクの低減、行政的障壁の低下、行政サービスの向上、
  6. 教育、保健医療、文化、体育スポーツ、住宅など快適な生活環境形成の社会インフラの改善、
  7. 高度な労働力への需要に対する職業教育、
  8. 社会福祉サービスの充実と高度医療センターの設立、
  9. 確かな住宅市場の形成、住宅投資の拡大、

の9つであった。

この内容が、日露間の経済協力に酷似していたことから、経済協力は、ロシア側の要望に日本が応えたものであることがわかるのだ。

さらにいえば、日本の経済協力は、「ロシア経済は資源輸出への依存度が高く、資源価格の変化に対して脆弱性が高い」というロシア経済の弱点を補うことにも資するものだったことも重要だ。

資源に頼らない産業の多角化は、ロシアにとって最重要課題である。現状、冬季になると豪雪等で、極端に稼働率が落ちてしまうという問題がある。筆者がフィールドワークしたサハリン州には、ほとんど製造業がない。ただし、終戦までの日本統治時代には、製紙工場などが稼働していた。日本の製造業の技術や、工場運営のノウハウがあれば、冬季でも生産性を落とさず、工場を稼働することができるだろう。ロシアには、「日本企業との深い付き合いは、ロシアの製造業大国への近道だ」との強い期待がある。安倍首相は、この期待に応えていたのである。

プーチン大統領は、日露経済協力について「信頼関係の醸成に役立つ」ものだと発言していた。それは、「本音」だったのではないだろうか。そして、ウクライナ戦争が泥沼化し、日露間が対立する関係にある現在でも、ロシア側には安倍元首相に対する感謝の念と、日本に対する信頼が残っているのではないだろうか。だから、サハリンI・IIの日本の権益は維持されたのである。

ちなみに、欧米が日本のサハリンI・IIの権益を対露経済制裁の対象から外したのも、地政学的な重要性を考慮したからである。サハリンI・IIが中国の手に渡れば、ロシアの極東地域全体が一挙にチャイナタウン化するリスクがあるからだ。そのリスクを回避し、極東地域で中国とのバランスを何とか維持するために、日本の権益は守られたのだろう。

繰り返すが、外交というものは、成果を出すことを焦ってはいけない。焦れば「国家百年の大計」を誤ることになりかねない。

例えば、北方領土の返還について、「2島返還」でロシアと合意して実現するとする。時の首相は、現実的な解決を図ったとして高い評価を得るかもしれない。しかし、その30年後、ロシアに4島返還を交渉してもいいというかもしれない「開明的な指導者」が現れたらどうか。すでに「問題は2島返還で解決済み」とされてしまったら、4島返還の千載一遇の好機を逃すことになる。

つまり、30年前によかれと思った「現実策」が、成果を挙げることを焦った当時の首相により取り返しのつかない誤りだったと、後世から断罪されることになることもあるということだ。

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