アベノミクスは大失敗。それでも安倍氏「唯一のレガシー」サハリン権益を日本が守れた理由

2023.01.23
 

一方、「安倍外交」については、一定の評価をしている。ただし、他の内閣にはない顕著な外交成果を挙げたとは思っていない。私が安倍外交の「真のレガシー」と評価するのは、ウラジーミル・プーチン大統領と27回も会談しながら、遂に北方領土の返還を実現できず、失敗だったと評されることも多い「対露外交」である。

安倍元首相の対露外交を評価する根拠は、ウクライナ戦争下、欧米を中心としたロシアに対する経済制裁と、それに対するロシアの報復が広がる中、日本が「サハリンI・II」の天然ガス開発の権益を維持することに成功したことにある。

「サハリンI・II」については、石油メジャーのエクソンモービル、シェルが撤退を決定した。ロシアは国営の比率を高め、三井物産、伊藤忠商事など日本勢から権益を奪い、それは中国、インドなどに渡されると危惧された。だが、ロシア勢は日本勢の権益を維持した。また、欧米もサハリンI・IIを経済制裁の対象から外すことで、日本勢の権益維持を事実上容認したのだ。

なぜ、サハリンI・IIの日本の権益は守られたのか。一説には、岸田首相の地元の広島ガスがサハリンの天然ガスを購入していたから、首相が必死に権益維持のために関係各国の間を動き回って交渉したという説がある。

だが、現状の岸田首相の国際社会におけるプレゼンスはさほど大きいとはいえない。一方、「地元のため」という目的は、国際社会を動かすにはあまりに小さい。この説は、日本のサハリンI・IIの権益維持を説明するには、説得力がない。

むしろ、ロシア側に事情があったと考えるべきではないだろうか。私の恩師で、日本・北朝鮮を専門とする地域研究家である英ウォーリック大学のクリストファー・ヒューズ教授は、以前ガーディアン紙に対して「ロシアは極東で非常に弱い立場にある。ロシアは極東に軍事プレゼンスがなきに等しい」と答えた。ヒューズ教授は、極東・シベリアがいずれ中国の影響下に入ってしまうという懸念をロシアが持っていることを指摘していた。

具体的にいえば、ロシアは極東開発に関して、中国とのシベリア・パイプラインによる天然ガス輸出の契約を結び、関係を深めてきた。しかし、シベリアでの中国との協力は、ロシアにとって「両刃の剣」である。シベリアは豊富なエネルギー資源を有する一方で、産業が発達していない。なにより人口が少ない。

そこへ、中国から政府高官、役人、工業の技術者だけでなく、掃除婦のような単純労働者まで「人海戦術」のような形でどんどん人が入ってくる。そして、シベリアが「チャイナタウン化」する。いわば、中国にシベリアを「実効支配」されてしまうことになる。ロシアはこれを非常に恐れているのだ。

ゆえに、ロシアは極東開発について、長い間日本の協力を望んできた。極東開発は中国だけではなく、日本の参加でバランスを取りたいのが本音だったからだ。これに応えたのが、安倍元首相だったのだ。

2016年、安倍元首相とプーチン大統領は日露首脳会談でエネルギーや医療・保健、極東開発など8項目の「経済協力プラン」について合意した。具体的には、官民合わせて80件の共同プロジェクトを進めることであった。

エネルギー分野では、石油や天然ガスなどロシアの地下資源開発での協力や、天然ガス・石油開発「サハリンII」のLNG生産設備増強、丸紅や国際石油開発帝石などがロシア国営石油会社とサハリン沖の炭化水素探査などが盛り込まれた。また、医療・保険分野では、三井物産が製薬大手のアール・ファーム社と資本提携に関わる覚書を交わした。日本側による投融資額は3,000億円規模になり、過去最大規模の対ロシア経済協力であった。

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