生出演したニュース番組でブチ切れた安倍晋三氏
放送法第4条で、放送事業者は「政治的に公平であること」と定められている。これについて政府は従来「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」としていたが、安倍政権下の2015年5月12日、参院総務委員会で、高市総務相が「一つの番組でも極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁し、新解釈を示した。
磯崎補佐官は放送法の解釈変更ではなく「政府解釈の補充的説明」だという理屈をあみだし、高市総務大臣もそれにならったが、あまりにも無理筋であり、テレビ局に圧力をかけるのが目的なのは明らかだった。
なぜそういうことになったのか。きっかけは衆議院選挙が迫る2014年11月18日、TBS系の「NEWS23」に当時の安倍首相が出演したさいの出来事だった。番組中で流された街頭インタビューで政権批判の声が多かったことに安倍首相が憤慨し「おかしいじゃないですか」とかみついた。
その2日後、自民党が萩生田光一筆頭副幹事長と福井照報道局長の連名で「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」というタイトルの文書を在京のテレビキー局に送付した。
安倍首相への点数稼ぎを狙って官邸側で動いたのが礒崎補佐官だ。総務省放送政策課に磯崎氏が「放送法の政治的公平について局長からレクしてほしい」と電話連絡したところから、内部文書の記録は始まる。
最初の補佐官レクは2日後の11月28日。磯崎氏の問題提起は「一つの番組でもおかしい場合があるのではないか」だ。その狙いは、一つの番組だけでも「政治的公平」に抵触する場合があると解釈できるよう総務省に働きかけることだった。
従来の解釈を踏襲したい総務省サイドは抵抗した。このため、磯崎氏は自ら作成した新解釈案を出してきた。できるだけ早く総務省を説得し、安倍首相に説明する腹のようだ。
「ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」。響く安藤局長の怒声
困り果てた安藤局長らは山田真貴子総理秘書官に相談をもちかけた。15年2月18日の「山田総理秘書官レク結果」には山田氏の発言として次のような記述がある。
「どこのメディアも委縮するだろう。言論弾圧ではないか」「政府として国会でこういう議論をすること自体が問題。新聞、民放、野党の格好の攻撃材料」
山田秘書官の発言に意を強くしたのか、安藤局長らは同年2月24日、磯崎補佐官に会い、「総理に話す前に官房長官にお話しいただくことも考えられるかと思いますが」と進言した。磯崎氏は安藤局長らに怒声を浴びせた。
「何を言っているのか分かっているのか。局長ごときが言う話ではない。この件は俺と総理が二人で決める話だ」「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」
この件に関する磯崎補佐官の総理レクは3月5日に設定された。暴走を阻止したい総務省は山田秘書官に望みをつないだ。安倍首相に「官邸にとってマイナスであり、やらないほうがいい」と進言してもらいたいと依頼しておいたのだ。
しかし、総理レクのあとで山田秘書官から電話で受けた報告は意外なものだった。安倍首相は磯崎案に前向きだというのである。総理レクにおける安倍首相の発言内容は次のように記されている。
「放送番組全体で見る」とするこれまでの解釈は了解(一応OK)とするが、極端な例をダメだと言うのは良いのではないか。タイミングとして「今すぐ」やる必要はない。国会答弁をする場は予算委員会ではなく総務委員会とし、総務大臣から答弁してもらえばいいのではないか、とご発言。
これで、高市総務大臣の国会答弁による放送法新解釈の提示方針が決まり、事実、自民党の藤川政人参院議員の質問に答えるかたちで、新解釈答弁が行われた。
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