3.泣きながら練習し、泣きながら笑う
しかし、いくら強い憧れと動機を持っていたとしても、練習は過酷を究めます。中学校から楽器の演奏に慣れている部員も行進しながらの演奏は未経験です。最初は列の間隔も歩く速度もバラバラです。楽器を持ってターンをすると周囲とぶつかってしまいます。
海外からは「規律の高さ」を評価する声が多いのですが、あの規律の高さは「強制」からは生れません。自発的にやりたいと思ってやっているからできるのです。
練習風景のテレビ番組を見ましたが、多分全員が一度は泣いていると思います。どんなに頑張ってもうまくできない自分が悔しいのです。
そんな時に、先輩に相談に行きます。先輩たちも同様の経験をしています。だから、後輩の立場に立って親身になって教えます。後輩にうまく指導できないことで、先輩も泣きます。部員がまとまらないと部長が泣きます。
その中で、「マーチングは何のためにやるんだ」と先生に問われます。軍隊ならば、威厳を見せるためです。でも、高校生のマーチングは、「観客に喜んでもらうため」「観客の笑顔を引き出すため」だと教えます。練習段階では、泣きながら笑っています。それが最終的には本当の笑顔になっています。
行進しながら、周囲に手を振ったり、観客に近づいて握手をするのも、観客に喜んでもらうためです。あの笑顔や行為はマニュアル化されているわけではなく、部員たちの自発的な行為です。だから、尊いのです。
4.成長期の高校生だから克服できる
最初はできない困難な課題も継続しているうちにできるようになります。一つ一つ階段を昇って、最終的にはダンスをしながら演奏できようになるのです。
なぜでしょう。それは、高校生だからです。最も身長が伸び、体力が向上し、精神も頭脳も成長する時期です。その時期に、モチベーションを高く維持し、一つのことに集中して努力することで、課題は克服されます。
そして、伝統というのは、その蓄積です。先輩ができたんだから、私にもできる。仲間にできたんだから私にもできる。後輩ができているんだから、私にもできる。そういう成功事例に囲まれて、毎日厳しい練習を継続することはとても大変ですが、同時に課題を一つずつ克服していった成功体験の積み重ねでもあります。
多分、大人が実現不可能な課題を与えられても実現できないと思います。そういう意味ではプロにはできないレベルです。プロは生活のため、お金のために努力しますが、高校生の努力はもっと純粋な努力です。
逆に言うと、世界レベルのプロは、高校生のような純粋な努力ができる人であり、それができるのも才能の一つだと思います。
5.「カワイイ」のパワー
高校生には規律の高さや技術の高さだけではない魅力があります。それは「カワイイ」です。
「カワイイ」という価値観は女子高生では最強です。過酷な練習に耐えられるのも「カワイイ」があるからです。泣いてる時にも、「そんな顔してたらカワイクないよ」と言われると、「本当だね」と納得できます。「カワイイ」を保つことは人間らしさを保つことでもあり、髪振り乱して努力するのはカワイクない。辛い練習の時にも、前髪に気を使うことで正気を保っているのかもしれません。
女子高生が冬でも素足にミニスカートを履いているのは、「カワイイ」を保つためです。実際には凍えるほど寒いのに、根性でカワイイを保っています。
重い楽器を抱えながら、マーチングするのも同じ原理です。体中の筋肉は悲鳴を上げていても、根性で「カワイイ」を保って、笑顔を維持している。
大人になると、カワイイはビジネスに取り込まれてしまいます。カワイイをお金で売るか、あるいは、カワイイから卒業してしまいます。カワイイパワーは失われるのです。
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