茂木幹事長が吉田氏に抱いている深刻な疑念
噂として広がるのは、吉田氏に不利な情報だった。その一つが「現1~3区の現職の新1~3区へのスライド」という案。たとえば現1区の現職は新1区から立候補というわけだ。これでいくと、新1区には高村氏(麻生派)、2区には岸氏(安倍派)、3区は林氏(宏池会)になり、吉田氏は外されるが、こと派閥均衡という点では、恨みっこなしで収まりそうである。
だが、安倍元首相の遺志を継いでくれると見込んで吉田氏を担ぎ出した安倍昭恵氏にとっては、夫の根城であった下関を、同郷のライバルに明け渡すことなど考えられない。安倍派にしても、“領地”を、林氏に奪われては最大派閥の沽券にかかわるだろう。
安倍氏とは初当選同期で、安倍政権で外務大臣など重要閣僚に取り立てられてきた茂木幹事長は、心情的には昭恵氏の願いを叶えたいかもしれない。来秋の総裁選をにらめば、安倍派に恩を売っておくのも得策である。
しかし、総理レースのライバルでもある林氏を比例にまわすことは、あまりにも露骨なやり方であり、岸田首相の手前、まずそれはできないだろう。
であれば、吉田氏が新3区なら、林氏は新1区ということになる。新1区には宇部市が含まれ、林氏の母が宇部興産創業者一族の出身ということもあって、集票の基盤はしっかりしている。
新2区の岸氏は動かないだろうから、その場合、小選挙区からはじき出されるのは高村氏になるが、高村氏は麻生派であり、党副総裁である麻生太郎氏を説得しなければならない。
ただ、冷静に見ておかなくてはならないのは、吉田真次氏という人物と下関の政治情勢だ。
安倍元首相が急に亡くなり、後継については、母・洋子氏の「孫がいい」という意向で安倍元首相の兄・寛信氏の長男らの名があがったが、本人たちが固辞し、下関政界における安倍家の血脈は途絶えることになった。大慌てで候補者を探した末に、とりあえず間に合わせたのが吉田氏だ。
そして衆院補選では2021年に安倍氏が獲得した8万票を目標に戦ったが、吉田氏は5万票をこえる程度にとどまった。弔い合戦を前面に出し、「安倍」の名前を連呼しても、しょせんは違う人間だ。秘書軍団や後援会も一致結束というわけにはいかなかったのだろう。林派の地元議員が吉田氏のために動こうとしなかったのは予想通りだった。
吉田氏が本当に期待するに足る政治家なのか。下関の政界をまとめていける人材なのか。茂木幹事長は、そこに深刻な疑念を抱いているはずだ。
すでにJR下関駅近くにある安倍晋三事務所は、吉田真次事務所へと看板が替わり、安倍後援会も解散間近で、屈強を誇った秘書団は散り散りになっている。諸行無常というほかない。
それでも、安倍昭恵氏は、吉田氏の後援会長を引き受けた。なんとしても、夫の残した政治遺産を守りたい。自分が出て行かなければ、党本部に都合よく処理されてしまう。そんな思いが、茂木幹事長への直談判に向かわせたのだろう。
こうした動きを、安倍派と岸田派(宏池会)の「代理戦争」と報じるメディアもあるが、ことは単純ではない。公認権を握る茂木幹事長としては、裁き方を間違えると、自身の“ポスト岸田レース”にもかかわってくるだけに、党内をまとめる技量を試される正念場でもあるのだ。
なるほど国政における勢力は、このほど100人の大台に達した安倍派が圧倒的である。しかし、地元政界の情勢はどうか。いまや山口県では林派が最大勢力なのである。
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