もう一つは、仮に代表取締役(代表権を持つ会長とか社長)に問題があり、解任をしたり、後任を選任する場合には、問題のあった旧経営陣の影響力を排除するために、社外取締役に強い権限が与えられて、株主の利益を最大化する、つまり社会的にも認められる人物を選ぶという「強力な人事権」が与えられるのです。日本の商法ではこの点が十分に徹底しているとは言えませんが、例えば外国人の株主のいるような会社では、この点を真面目にやっていないと、株が叩き売られる危険は十分にあります。
要するに、会長や社長を頂点とした「長い間この会社を私物化してきたお友達」が暴走した際に、株主を代表して「バッサリと問題に切り込み」その上で、現在の経営陣では改善が見られない場合は「全く別の経営陣を引っ張ってくる」のが、社外取締役の責任です。この責任が果たせない人間が社外取締役の地位にいるようでは、どんなに日本の株が人気と言っても、その会社の株は最後には見放されるでしょう。大変に重要なポジションです。
ところが、この社外取締役の意味を全く理解しないで、有名人の女性、具体的には「ちょっと有名なタレント弁護士」とか「ちょっと有名で知的な元アナウンサー」などを社外取締役にする企業が多いのです。そして、社外取締役にした後は、何を勘違いしたのか「会社のブランドや商品の広告塔」効果を期待するということをするのです。
さらに言えば、一部の芸能プロダクションなどは、社外取締役として所属タレントを送り込み、高額な紹介料を得ているなどというケースもあるようです。
これは、世界の資本主義の常識からすると、どちらも違反行為になります。まず、社外取締役が企業の広告塔になるというのはアウトです。社外取締役というのは、例えば企業の活動が違法ではないか、株主の委任に対する背任ではないか、企業存続に反するような判断がされていないかを、厳格にそして強力な権限を行使してチェックするのが仕事です。
そうした行動をしないで、「自分はこの企業の社外取締役になったので、この企業の製品をよろしく」などという広告塔的なメッセージを社会に発信するというのは、全くの間違いです。女優さんなら、本編の演技を収録する際にカメラが回っているのに番宣のセリフを続けているようなもので、即刻クビということになります。
間にエージェントが介入するのもマズいです。例えば、A社が社外取締役に「知名度のある女性」を採用したいとして、芸能プロに頼んだとします。そうすると、どう考えても、会社にヨイショをするような人物を送り込むことになります。何故なら、そのような期待を込めてプロダクションに頼み、しかも手数料を払うからです。勿論、この点を追及しても、A社としては「人事については株主総会が可決している」から問題ないと居直るでしょう。
ですが、そんなことは長くは続かないと思います。これからの日本企業が置かれた環境はどんどん厳しくなるでしょうし、国際社会における本当の意味での、つまり形や書類ではなく、本質的にコンプラを重視するかは大きな評価ポイントになると思います。
その際に、芸能人を社外取締役にして、その知名度を利用して広告塔になってもらおうなどという態度は、態度自体が重大なコンプラ違反だということを突きつけられるでしょう。今のうちから、こうした安易な人事はやめるべきです。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2023年6月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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